【永遠に思えた育児もいつかは終わる】「その日」までを描く漫画が話題
──2人の子どもを育てる日々を、柔らかなタッチの水彩で描き、Instagramなどで話題のなかのいとさん。「絵を描く仕事」を一度はあきらめたというなかのさんは、結婚・出産を経てふたたび絵筆をとることに。子育てをする日々の喜びや戸惑い、未来への思いを今、漫画で描く理由を伺いました。
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*VERY2022年11月号「なかのいとさんが描きたかったもの」より。
◉Profile
なかのいとさん
漫画家・イラストレーター。2人の娘、夫との4人暮らし。日常の中にあるちょっと心の動いた瞬間を描くエッセイ漫画をTwitterやInstagramで公開中。2.5万いいねを獲得した「お義母さんへ」をはじめとして、夫や子ども、家族への気持ちを表現した作品が多くの人の共感を得ている。初の書籍『6570日後きみは旅立つ』(オーバーラップ)が発売中。
「目まぐるしい日常に
埋もれてしまいそうな瞬間を
書き留めたかったんです」
6570日後の
「その日」とは……?
──『6570日後きみは旅立つ』という本のタイトルが印象的で思わず手に取りました。
私が大学進学のために家を出たのは18歳のときでした。タイトルの数字は生まれてから18歳を迎えるまでの日数を数えたもの。子育てをしていると毎日があっという間で、どんどん先に流されていくような感じがするけれど、いつかは子どもと離れる日が来ます。有限の時間の中にいることを今意識に留めていられたら、毎日をもっと大切にできるのに……とよく思います。この本がそんなことを思い出すきっかけになればうれしいです。
──イラストの仕事を始めたのはいつ頃からですか?
出産後、育児日記のつもりで描いたイラストをSNSで公開したことが、ブランクを経て今の仕事を始めるきっかけになりました。もともと、子どもの頃から絵を描くことが好きでした。美大を卒業してからも、出版社のイラストを描く部署で働いたり、結婚式のウェルカムボードを描いたりとずっと絵を描く仕事を続けていたんです。少女漫画を描いていたこともありますが、漫画だけで食べていくのは難しくて……。編集担当の方は本当に親身になってくださったのですが、なかなか芽が出ず、いつしか「いったい、何のために描いているのだろう」と思うようになってしまいました。結果が出ないということは、才能がないということかと、結婚・出産のタイミングで一度は描くことをあきらめました。それでも出産後にまた描き始めています。「今やらなければ」と決意したというより、描くことが幼い頃から当たり前だったので、暮らしの中で自然にまた絵を描くようになっていたという感じでした。
──その後、単行本を出すことになりますが……?
たまたまSNSで見かけたコミックエッセイ講座を受講し、そこで賞をいただいたことが本を出すきっかけになりました。2人目の子どもが生まれ、育児中心の生活をしている頃でしたが、Zoomで受講できる講座だったので申し込みました。当時の私にとって5万円の受講料はちょっと高いなと思いましたが、「何かを始めてみたい」と強く思うこと自体、久しぶりの経験だったのです。子育ての合間を縫っての受講でしたが、授業はとても楽しかったです。講師の先生が仰っていることは難しくてすぐには理解できませんでしたが、時間が経つ中で、少しずつ「こういう意味だったのかな」と思い返す場面があり、創作を続けていく上での手がかりになっています。
夫婦で意見が分かれた
ときにしていること
──2人目の子が欲しい妻と躊躇する夫の葛藤も漫画の中でリアルに綴られます。
2人目を産むかどうかの葛藤については、ほぼ実話です。もともと結婚当初は「子どもは2人欲しいね」と夫婦で話していました。でも家を購入するときにファイナンシャルプランナーに相談をしたら、なんだか不安になってしまったんです。子どもが2人になった場合の住宅ローン返済や教育費のシミュレーションをしてくれるのですが、それはすべてのことが予定通りに進んだら、という希望的観測でしかありません。もし何か想定外のことが起きたら立ち行かなくなるかもしれない。
私は楽観的なところがあるので、それでもなんとかなると思ったのですが、現実的に考える夫は迷いがあったようです。「子どもは1人でいいんじゃないか」と言われました。私は親や友達に「必要最低限のことしか話さない」と言われてしまうくらい自己開示が苦手です。喧嘩するときも気持ちを一度紙に書いて整理してからぶつけることが多いので、感情的になることは少ないタイプだと自覚していたのですが、夫に言わせれば「自分の感情を口に出しすぎ」だそう。驚きました。親友にそれを話したら「それ以上喋らなくなったら、何も喋らなくなっちゃうじゃん」と。「夫のほうが考えを口に出さなすぎるから!」とも思ったのですが、そもそも夫は結論を出すまでは黙っていて、その過程を口に出す習慣がないのかもしれないです。夫なりに真剣に考えて、数日経ってから答えをくれるようなパターンが多いです。一度は断られた子どものことも、私の正直な気持ちを伝えてしばらく考えてもらいました。彼の中でどんな心境の変化があったのかわからないけれど、そうやって話し合った結果、2人の子を育てています。
義母やママ友のこと。
「なかったことにしたい」
感情まで描く
──わずかな心の動きやざわめきがとても丁寧に描かれています。義母にしてもらってうれしかったことや、内心ちょっと困ったなと思ったことまで包み隠さず。
担当編集者に、いい話ばかりだと意識高い系のママの話?などと誤解されてしまうかもしれないから、読者が共感できるエピソードを、とアドバイスをもらいました。ならば、いちばん知られたくない感情を描こうと。ママ友と話しているときに、「無意識のうちにマウント取っていたかも!」なんて思ったことは、私自身も早く忘れたいくらい恥ずかしい話です。日常の些細なことをすべて記憶できているわけではなくて、もともと忘れっぽいし、都合の悪いことはなかったことにしがちです。ただ、うれしいのか、悲しいのか、怒っているのか、自分がどう思っているのかわからないまま放置すると、コミュニケーションがうまく取れなくなるので、その都度腹に落ちるまで考える癖があって、頭の中で感情をラベリングしている分、こういうときに思い出しやすいのかも知れません。
──七五三のときのエピソードも記憶に残っています。
娘の七五三のとき、義母が着物を買ってくれると言いました。義母のイチオシは赤い古典柄の着物。ありがたかったですが、内心「レンタルでもいいのに。私はもっとモダンなデザインの着物のほうが好み……」とも思ったんです。ただ義母から、「赤は魔除けの色なのよ」と着物の色にこめられた意味を聞いたとき、お洋服の色に願いを託すというのはすごく素敵だな、と気持ちが変化していったので、印象に残っていたんだと思います。
「お母さん」をしている
なんて今も信じられない
──2人のお子さんを育てる今の暮らしの中で気づいたことはありますか。
子どもがいても、案外何でもできるなということです。長女が赤ちゃんの頃は、近所のスーパーに行くタイミングもわからなくて、ネットスーパー頼りでしたが、今は2人を連れて1~2時間電車に乗って遊びに連れていくのもしょっちゅうだし、自分に2人育児なんてできるだろうかと心配していたはずなのに、まさか本まで描かせてもらっているとは……。ご近所に3人の子どもを育てるママ友がいて、彼女が毎日忙しく駆け回っている様子を見ていると、自分にももっといろいろできそうな気がして。
そういう視点を与えてもらえるという意味で、彼女がロールモデルになっている部分は大きいと思います。自分にとっての育児は、おままごとのお母さん役みたいな感じです。子ども乗せ自転車の前後に姉妹を乗せている自分の姿が、お店のガラス越しに映っていたりすると、ものすごく違和感があるのです。こんなに未熟な自分が2児の母であることが不思議で、なんだかいつまでもお母さん役を演じているみたいな気分です。これから先もその違和感はずっと抱えたまま、精一杯良いお母さんのフリをして、もっともらしいことも口にしつつ、そんな自分をちょっと滑稽に思ったりして暮らしていくのだと思います。いずれそのことに気づいた子どもたちが、怒ったり、呆れたり、妥協したり、いろんな反応をしながら自分自身のことを知っていくのかもしれない。映し鏡みたいな存在でもある子どもたちの様子を身悶えしながら見つめ続ける。私の育児って何だかそんなイメージです。
──プロローグはいつか来る子どもの巣立ちの時、別れを感じさせるものでした。ただ、ラストではまた違った見方もできるようになったようで……。
インスタで「6570日」を公開したとき読んでくださった方からいただいた、「お母さんはずっと続きますよ」というコメントが記憶に残っていました。「それから先もずっと?」と、そのときはうまく返事が書けなかったので、その方に伝えたい思いもラストに込めました。子どもがいて、家族がいて、絵の仕事もできる今がすごく幸せなので、これ以上どうにかなりたいと望む気持ちは正直ないんです。でもこれからもずっと描き続けていたいです。
◉Book
『6570日後きみは旅立つ』
はちみつコミックエッセイ
1320円(オーバーラップ)
いつかは終わってしまうこの日々を宝箱につめこんでいたい。目まぐるしく過ぎる今も思い出す頃にはきっと眩しすぎて切ないだろう。理想と現実の狭間でうまくいかず落ち込む日もたくさんあるけど全部含めたこの日々をきみに届けられたらいいな。子を想う気持ちと、親になりきれない気持ちが日々交差しつづける。旅立つきみを見守る私の心の旅じたく子育てエッセイ。
4コマ(書き下ろし)・写真/なかのいと 取材・文/髙田翔子 編集/フォレスト・ガンプ Jr.
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*VERY2022年11月号「なかのいとさんが描きたかったもの」より。
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