【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす ㊻夏のなごり。
左手でベランダのガラス戸を開けるとす-っと風が通った。
今日は海辺にあるようなさらっとした風が吹いている。庭の丸いテ-ブルに木からもれるひかりがはね返りまぶしい。ベランダから一歩出ると白い小石で続く小道は、しろつめ草やぺんぺん草などいろいろな草のモザイクで半分以上見えなくなっていた。人間がバカンスに出ると草たちは見ていて気持ちのいいくらい羽を伸ばす。夏休みから帰ってくると、裏庭は見事に雑草でにぎわっていた。何の悪気もなくのびのびと生えている草の道を踏みつけるのは、それはそれで申し訳ないような気がしたが、その道を歩き柵の外にでる。
私の髪が伸びたように旅に出る前に短く刈った芝生も当然、背が高くなっていた。それをなぎ倒すようにざくざくと長靴の足を進める。名前の知らない青紫の野草が花を咲かせている。ふと横を見ると顔の前に見事に成長したイラクサがあった。その摩訶不思議な花が陽に照らされ、まるで別の植物ように見える。
雑草の元気さに目が奪われていたが、ナスタチュ-ムやヤマゴボウ、ハ-ブ、他の花もそれぞれ勢いよく育っている。がさっとした不思議な調和。それぞれの植物が混じりあい、それぞれの居場所を見つけて、思うがままに光りに向けて伸びているような感じがした。自然はもともとはみ出るもの。決して整然としているとは言えない、そんな風景の中に立っていると何故か落ち着いた。
真っ白な花が目に入る。Liseron(西洋ヒルガオ)。ツル性のこの野草が涼しげな青い花を咲かせているロシアンセ-ジにくるくると巻きつき、朝顔に似た小ぶりの花をつけている。ツルの先が空中に浮かび、これからどこに巻きつこうか、と伺っている。そんな姿はなかなか愛らしいのだが、放っておくと巻きつかれた植物はなぎ倒され、とんでもない目に合ってしまう。辺りを見渡すと庭のあちこちにこの花のつるが見える。このまま手をつけず、人が介在しない庭を見届けたいような気もしたが、私もこの庭の一員、帰って来たのだから少しは意見を、と庭の掃除を始めた。林檎の木から木漏れ日が揺れ動く。夏もそろそろ終わり、次に向けて庭を少し整えよう。
17時。犬の散歩に出る。
久しぶりに一緒にぐるりと庭を一回りする。グラミネが、もう背高く穂を出し、穂先に柔らかい夕陽が当たっている。陽が傾くのが随分早くなっている。
犬に連れられてふらふら歩いていると、ひょろっとしたピンク色の花が目の前に現れ、はっとした。夏の旅で見かけた野生の花だ。海と小さな群島、いつまでたっても日がくれないその北の国にはいつも風が吹いていたような気がする。海辺や島の小道、森の中、どこへ行っても軽やかに群生するこの花が目の前に現れたのを思い出す。過ぎ去った夏の風がほんの一瞬吹く。
麦の刈り入れがようやく終わった。
果てしなく伸びる大地にはほこりっぽい匂いと小麦の色だけが残されている。
こうろぎの鳴き声と一緒に夏の花がゆっくり終わっていく。
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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/