「無月経で何が悪いのか」という女性アスリート界の価値観を変えるまでに10年かかりました
鍛え上げた体力や練習を重ねて培われた技術を駆使して、競技に臨む女性アスリートたち。ちょっと前までは根性論がまかり通り、女性の体についても非科学的な認識しかなかった――そんな場所で活動している選手たちをサポートする方々を取材してきました。
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能瀬さやかさん(43歳・東京都在住)
東京大学医学部附属病院女性診療科・産科特任講師、日本スポーツ協会公認スポーツドクター
「無月経で何が悪いのか」
という女性アスリート界の価値観を
変えるまでに10年かかりました
という女性アスリート界の価値観を
変えるまでに10年かかりました
国立大学病院初の「女性アスリート外来」で、産婦人科医とスポーツドクターの立場から女性アスリートを支える能瀬さやかさん。
「ケガなどは整形外科には行くためデータが把握されていましたが、女性アスリートが婦人科系の問題をどれだけ抱えているかに関するまとまったデータは、10年前まで日本では皆無でした」。女子選手の無月経の問題に着目していた能瀬さんは、日本のトップアスリートが通う国立スポーツ科学センター(JISS)に’12年に転職。
「募集は内科医で任期は5年でしたが、日本のアスリートの現状を把握できるチャンスと思い、応募しました」。
まずはメディカルチェックカルテの婦人科系の悩みを拾い上げていくと、なんとトップアスリートの約4割が月経不順や無月経を抱えていて、試合に合わせて月経をずらすことさえ知らないトップ選手が66%もいることがわかり、大変驚いたそう。
「低用量ピルについては特に誤解が多く、太ってしまう“悪魔の薬”のように思われていました。ピルやホルモン剤での月経対策には選手やコーチも抵抗。選手自身が『月経は煩わしいもの』と思い、『無月経になって一人前』と言う指導者が多かったのです」。
初経が23歳まで一度も来ない選手を診察したことも。特に正しい知識がないため、異常に気付かない10代の選手が多いといいます。
「メディカルチェックで、“婦人科系を相談したい”と項目にチェックした選手には5分でもいいからと1対1の時間を作りました。根気強く無月経が何で悪いのか、月経困難症や月経前症候群に対する対策について説明をしたことで、チームメイトにも広がり受診率が増えましたね。骨の問題については顕著で、10代で長期間無月経になると骨粗鬆症になる若い選手がたくさんいました。無月経、エネルギー不足、骨粗鬆症という女性アスリート特有の問題が疲労骨折などを繰り返し、コンディショニングやパフォーマンスに大きく影響してしまう。それを産婦人科医も把握し、啓発することで指導者や選手にも認識が広がりました」。
女性アスリートの問題に力を注いだこの10年の環境の変化は著しいと能瀬さん。
「婦人科系の受診に抵抗があった指導者たちが、選手に積極的に受診を促す環境に変化しました。しかし啓発すればするほど、最大骨量獲得前の10代から介入し教育する重要性を感じています。今後は女子選手の更なる受診環境整備と運動生理学者や公認スポーツ栄養士などとチームを組んで女子選手特有の問題に対する医科学データを蓄積し、診療に繋げていく必要があると考えています」。
「無月経だった選手から『無事に出産できました』と写真付きで報告が届いたり、『無月経が楽』と言っていた選手が月経が来て喜ぶ姿を見るとうれしいです」。
<編集後記>男性も月経について知るための性教育が必要では?
「女性指導者だと月経について理解してくれるのでは?」と伺うと、一概には言えず、元選手の女性指導者の中には、「自分も無月経だったけれど、引退すると来たから大丈夫よ」と言う方もいるそう。男性の指導者は学生時代の性教育から婦人科系の話を聞いたことがないため、逆に熱心に講演を聞いてくれる方もいるようでした(ライター・孫 理奈)
撮影/BOCO 取材/孫 理奈 ※情報は2023年3月号掲載時のものです。
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