カツセマサヒコ「それでもモテたいのだ」【本棚にまで「映え」を狙った自意識が憎い】
学生時代、好きな人ができたことがある。その人は話す内容や言葉遣いがどこか知的で、でも、世の中をナナメに見る癖があって、ひねくれているようにも素直なようにも見えた。掴みどころのない性格、捉えどころのない魅力に溢れた人だった。
「男はミステリアスな女に弱い」昭和から受け継がれてきた秘伝のタレのように露骨なステレオタイプに、まんまとはまってしまう自分が恥ずかしかった。でも、そんな恥ずかしさも一瞬で開き直れるくらいには、好きだった。
あの人にどんなアプローチをしたら、振り向いてもらえるだろう?恋愛経験もロクにない男子校在学中の私は、「どんな人が好きなの?」と、それとなく尋ねてみることにした。すると彼女は遠慮がちに笑って、しかしその後、こちらの肋骨を一本一本ていねいに折っていくかのようにハッキリと答えた。「話がおもしろい人か、賢い人か、才能ある人かなあ」
女性読者の皆さん、これから面倒な男子を追い払いたいときは、ぜひこのフレーズを使ってください。私は致命的なまでに自分に足りていない要素を言い当てられたその日から露骨に落ち込み、そのミステリアス・ガールへの恋を半ば諦めることになった。
どうにかおもしろいと思われたり、賢く見られたり、才能があるように勘違いされたりしたい。それさえあれば「モテ」を獲得できるはずだ。立ち直った私は、醜い試行錯誤を始めた。その結果辿り着いたのが「本棚」だった。
賢い人、才能ある人、話がおもしろい人、きっとみんな、素敵な本を読んでいたに違いない。読書をすれば、いや、実際には読んでいなくとも、その本が本棚やカバンの中にあったりすれば、それはもう知的で素敵で魅力的な人間に見られるのではないか。本棚は趣味嗜好・センスが全面に表れる場所だからだ。
時は流れ、二〇二一年。菅田将暉さんと有村架純さんが出演した恋愛映画『花束みたいな恋をした』が大ヒットを記録した。青春時代にサブカルチャーを齧った人間全員に大ダメージを与える傑作だが、その作中にも、本棚が重要な役割を持って登場する。
将来物書きになる人間として最も恥ずべき感覚を持って、当時の私はデール・カーネギーの『人を動かす』という世界的ベストセラーを購入した。好きな人の心を動かしたかっただけなのに、購入したのは経営者やマネジメント層向けのゴリゴリなビジネス・自己啓発本だった。
初対面にして男の子(菅田将暉さん)の家に上がることになった彼女(有村 架純さん)は、彼の家の本棚を見て、自分の家の本棚と並びがほとんど一緒だったことに驚く。「これって運命では!?」と、二人はあっけなく恋に落ちていくのだ。この作品でもやはり、本および本棚というのは「持ち主の趣味嗜好やセンスを最も表しているもの」として取り上げられていることがわかる。そして時はさらに流れ、つい先日の話。インスタグラムにアップした写真に、自分の本棚の一部が写り込んでいた。
「この本読んでます!」「この本いいですよね!」「この作者さんのも読んでみてください!」
怒涛の勢いでダイレクトメッセージが届いたその瞬間、私は猛烈な恥ずかしさに襲われて、全身を壁に打ちつけたくなった。なぜか。その写真に写っていた村上春樹作品や直木賞作品のうちのいくつかは「未読だけれどなんとなく部屋に置いてあったら格好いいと思って置いた本」だったからである。圧倒的な自意識。上澄みの巣窟。物書きのくせにただ見栄えだけを気にして自室の本棚の「映えた部分」をSNSにアップしてしまった私は、自分の愚行に耐えられなくなってしまったのだった。
「話がおもしろい人か、賢い人か、才能ある人かなあ」当時好きだった人の言葉が、ここにきて脳裏を過る。賢さのかけらもないエッセイが、今日も公開されてしまった。
この記事を書いたのは…カツセマサヒコ
1986年、東京都生まれ。デビュー小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)が大ヒットを記録し、2021年12月に映画化。二作目となる小説『夜行秘密』(双葉社)も発売中。
イラスト/あおのこ 再構成/Bravoworks.Inc