読み返すほどに刺さる、 今こそ読みたい「THE 現代小説」|大久保佳代子のあけすけ書評

STORY[ストーリィ]

捨て信仰、SDGs、情報商材をお金にする、FIRE、etċ… 胡散臭さ満載な価値観や生き方を逆説的にあぶり出し読み返すほどに刺さる、今読みたい「THE 現代小説」

最近私は、誕生日などで誰かにプレゼントをあげる時、「迷惑か? 迷惑じゃないか?」という基準で選ぶようになりました。私自身もよく貰うアロマキャンドルやボディクリームなどは消耗品だし、さほど「迷惑じゃない」気はするけどおざなり感が出てしまいそうだし、私の場合はお酒が一番嬉しいのですが人それぞれだろうし。色々考えた今、私が通っている美容室のヘッドスパギフトカードをLINEで送るという形に。物ではなく体験をあげることで先方の住居スペースを煩わせないのが一番「迷惑じゃない」はずという思いで。物が人間の生活を侵害しかねない現代において、ミニマリズム主義の矛盾や問題点を扱った『滅私』は、今の私には非常にタイムリーな内容で興味深く面白かったです。

主人公の冴津は、ミニマリストを自称し、その思想を啓蒙するサイトの運営や投資で生計を立てているライター。最初は、物や人間関係を削ぎたがる価値観や、その思考や情報をお金に換えて生活している人種の胡散臭さに苦手意識を持ちながら読んでいました。しかし、冴津に胎児のエコー写真が送られてきたり、決して捨てることができない黒歴史を知る更伊という男の出現によってミステリー感が漂っていき、どんどん引き込まれていきます

人間が人間らしく生きるために必要なものが逆説的にあぶり出されていく展開に、「捨てるもの」と「捨てないもの」とは何かを考えさせられます。物に執着を持たないことは、ある意味、楽なこと。逆に何かに能動的に愛着を持つことは、面倒臭いししんどいことでも。「あらゆることから身軽でいたいという精神は、何かを真剣に行うことと相性が悪い」と。旅行先の中国で、冴津は付き合っている彼女からパンダの木彫りのキーホルダーをプレゼントされるのですが、この最も無駄だと思われるお土産キーホルダーをきっかけに、冴津が生き方を見つめ直し始め、後半どんどん変化していき衝撃のラストを迎えます

更伊も黒歴史を武器に冴津に付きまとっていた理由が、恨みがあったというよりは、依存できるような人間関係を探していたのであって、人と関係を持つことで普通の人間になろうとしているのではないかと。確かに、煩わしい人間関係なんて要らないと思いつつ、煩わしくない人間関係の中だけで生きていくことが良いのかどうか。自分にとって当たり障りのない少数の楽な人とだけ付き合っていくことが果たして幸せなのか? 実際、私にも苦手な人がいます。でも、そんな人と接するからこそ、何を話したら嫌な気持ちにならないかを考えるし、もし意外と楽しく話せたら嬉しい気持ちになるし。

この作品は、面倒なしがらみを持ちつつストレスフルに生きざるを得ない人達に「大変だけどそれで良いんだよ」と言ってくれているような気もして、少し安心します。1回読むよりも2回目、3回目の方が響く言葉が多いです。

勝手に羽田圭介さんの本は小難しそうと敬遠していましたが読んで良かったし、本選びもミニマムにするべきではないなと思いました。今後プレゼントはヘッドスパギフトカード一択でいこうと思っていましたが、あえて要らなさそうな無駄なモノ(小さいモアイ像のオブジェとか)をプレゼントするのもアリなのかも。いや、多分それは迷惑なのでやりませんが、ある程度の無駄は大事にしたいなと思います

『滅私』 羽田圭介著 新潮社¥1,650

ミニマリストを自称し、その思想をお金に還元して暮らすライターの男。サイトの運営と投資で生計を立て自由でスマートな生活を送る彼が直面した、捨てられない過去を知られている人物に狂わされていく運命を描く。詳細はこちら(amazon)


おおくぼかよこ/’71年、愛知県生まれ。千葉大学文学部文学科卒。’92年、幼なじみの光浦靖子と大学のお笑いサークルでコンビ「オアシズ」を結成。現在は「ゴゴスマ」(TBS系)をはじめ、数多くのバラエティ番組、情報番組などで活躍中。女性の本音や赤裸々トークで、女性たちから絶大な支持を得ている。

撮影/田頭拓人 取材/柏崎恵理 ※情報は2022年3月号掲載時のものです。

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