【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす⑨自然の満ち欠け
カウンタ-に座りお茶の入ったカップに手を当てた時、犬と目が合った。
散歩がしたくなると、いつもベランダと家を仕切るガラス張りの戸からジッと家の中をうかがうのだ。無言でお茶を飲みながら、しばらく犬とにらめっこをした。
17時。
日がまだあるうちに出かけよう、と自分に言い聞かせコ-トの袖に手を通し靴を履く。
日が暮れる時間が随分早くなってきたようだ。
犬はそのことに気が付いているのだろうか。散歩の催促の時間もこころもち早まっているような気がする。体内時計。動物はそうゆうことに敏感に反応しているのかもしれない。いつものように何かを探すことに夢中な犬の後ろ姿を追いながら庭を歩く。
秋がしっかりと庭に落ち着いていた。
美しく深い赤銅色に染まったグラミネに出会う。昨日は穂が風に波立っていたが今日は穏やかで妖艶な姿でたたずんでいる。少し肌寒い夕暮れの空気が、そこだけすっぽりと温もりに包まれた。
秋の夕方はやはりどこか物悲しい。
しかし何故か気持がやすらぐ。
昼間の鮮やかな木の葉を見ていると気分が高揚し、どこまでも走りたくなるような気分になるが、この時間はそろそろ走るのをやめ、ゆっくり歩け、と言われているような気がする。
犬が口の中で何かをかみ砕いている。地面に落ちているクルミだ。
この時期になると毎年、クルミは木から落ち、毎年、犬は人間が拾い忘れたそのクルミをがりがりと楽しそうに食べる。
満ちきったものが落ちてくる、自然がくれる秋の実り。
月は新月から始まり満月に至たるとまた元に戻るように欠けていく。
その時の月を下弦の月と呼ぶらしい。
自然は満ち足りると必ずそれを手放すほうへと向かい出す。
下弦の月はまた次を始めるための準備の時ともいえるのかもしれない。肺の中に大きく取り入れた空気を最後まで吐き切り、そんな呼吸を絶えず繰り返しそして季節は移り変わるのだろう。そこには豊かさがあっても、過剰というものは無いのかもしれない。
秋は下弦の月。
冬という新月の時に向けて少しずつ気のもち方を整える時間。
雲の後ろに隠れ姿を現さずに終わった今年の中秋の月。
また来年巡ってくることを心楽しみに待とう。
文・西田啓子/ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/