コロナに対応できる人 不安に乗っ取られる人とは?元自衛隊メンタル教官の子育て戦略
元自衛隊メンタル教官・下園壮太さんの未来予想図は暗い、ように見える。なぜ、見えるかというと、みんな世の中や価値観は今のままであって欲しい、とどこかで思っているから。時代の変革期には必ず落ちこぼれていく人が出てくる。自分の子どもを落ちこぼれさせないためにどうすればよいのか。発想を変えれば、下園先生の未来予想図はチャンスでいっぱいです。
◉下園壮太さん
心理カウンセラー、MR(メンタルレスキュー)、協会理事長、同シニアインストラクター。陸上自衛隊初の「心理幹部」としてメンタルヘルス教育に携わり自衛隊の心の強靭化のためのプログラムの作成や、過酷な環境で任務にあたる隊員の心のケアを指揮してきた。退官後は豊富なカウンセリング経験を活かして独自のカウンセリング技術の普及に努めている。
子どもをただ頑張らせる
「情熱子育て」は危険
――下園さんの専門はメンタルヘルス。どうして子育てに関する本を書こうと思ったのでしょうか?
時代の変化があまりに大きく、今の子育て世代が従来と同じ子育てをすることに危うさを感じたからです。親子間での価値観のズレはこれまでもありましたが、それは変化が緩やかな時代での話。大人になった子どもが自分で調整可能な範囲のものでした。しかし、今後は乖離が今までにないほど大きくなる。本来、躾・子育てとはその子が大人になったときに幸せになれるスキルを身につけさせることですが、良かれと思ってしたことで将来子どもがメンタル不調に陥ったり、幸せを感じにくくなる可能性が高くなっていると思います。
――時代の変化が加速するのはなぜ?
AI技術の発達が要因。人間が必死に働かないでも機械がそれを担ってくれるようになる、というのはすでに知られていますね。
――便利になれば幸せになりそうですが……。
残念ですが、今のVERY世代のお子さんが大人になる頃は、みんなそこまで幸せに暮らしていないと思いますよ。いくら科学が進歩しても、人間のメンタルや幸せは原始時代仕様。人と競いたい・比べたいという欲求が備わっている。より良く生きたい・成長したいという想いがある。でも、AIには敵わないし、多くの仕事はAIが担うので人間に成長の実感は得にくい。ところで、幸せとは?どんなことを目指して子育てをしていますか。
――好きなことや得意なことを通じて人の役に立って充実感を得ること、でしょうか。
その価値観での子育てはかなり危険ですね。今、子どもが大人になる頃には、やりがいのある仕事に就けるのは2割。残りの8割の人はいわゆる“マックジョブ”と呼ばれる、難易度も低く、やりがいもない、給料も低い仕事にしかつけない。成果を上げるなどの充実感も得られません。大多数なので自分の子どももそうなると思っていた方がいいでしょう。
――親としてはかなり受け入れにくいですね。
だから、僕の本は受け入れられず売れなかったのかもしれません(笑)。2割を目指して英才教育を施すのは良いですが、一歩間違えると、それが余計に子どもを苦しめることになります。子どもを励ますときに「もう少し頑張れば結果がついてくる」と言いますよね。学校でテストの出来を競い合っているうちは良いかもしれません。でも、社会に出たときにその結果を得るのは今よりはるかに難しくなる。2割を目指しても8割はマックジョブに落ち着くわけですから、そこには挫折だけが残る。令和は人間がこれまでにないほどに挫折を味わう時代なんです。
――挫折を味わうから頑張らない方がいい、というのはちょっと抵抗があります。
頑張ることに価値がある、と思っているのは温室育ちですね。これからがどんな時代になるか考えずに、子どもをただ頑張らせる。そんな情熱子育ては危険です。2018年に九州大の元院生が放火自殺をするという事件がありましたが、男性は研究職に就けず経済的に困窮していた。なら、バイトでもなんでもすればいい、と思うかもしれません。でも、今まで頑張ってきたからこそ「俺のするべき仕事じゃない」となかなかその選択ができない。社会的に活躍をしている同級生と比較して「どうして自分が」と辛くなる。令和に待ち受けているのは、こういった比較地獄です。自分の理想や他人と比較して挫折を味わい続ける。
――人と比べない、というのはできないものでしょうか。
比較からは逃れられません。人間には獲った獲物を分け合っていた原始時代から変わらず、人より多く得たい・人より恵まれたい、という本能的な欲求があるのです。
新型ウイルスに対応できる人
不安に乗っ取られる人
――では、令和を幸せに生きるには?
身の丈に合った人生を送ることが幸せです。なにかを目指して頑張らせることはしなくていい。あと30年後には今ない職業が2/3になると言われています。親が知っている仕事は1/3しか残っていないわけですから。経済活動のほとんどはAIが担うし、生産性や効率ではAIには勝てません。家の中で上手に自分で自分を楽しませる、自己満足が上手な人が人生を楽しめると思います。
今、世の中は新型コロナウイルスの恐怖におびえていますが、これこそが未来の前兆です。コロナのような疫病は今まで何度も人類を襲っていますが、世界がこんなに反応したのはおそらく初めてでしょう。もちろん病気も怖いが、発達した情報化社会の動画やSNSによって、私たちは実態以上のストレスを受けています。このような新時代のストレスにうまく対応できる人と、不安に乗っ取られてしまう人に分かれているように思います。外出自粛で多くの人が自宅で過ごす時間が増えましたね。コロナのニュースばかりを追いかけて悶々する人と、仕方ないと腹をくくりゲームをしたりYouTubeを観たり気分を紛らわせられる人。
コロナはこれからまだ続きます。両者の違いは次第に大きくなってきます。
――自己満足がうまい人とは?
「これをやって何になるんだろう」など意義を求めずに好きなことに没頭できる人。今でいうオタクのような存在ですね。令和はゲームをしたりネットを見たり好きなことだけやっているオタクがちょっとアルバイトをする、みたいな生き方を楽しめる人が幸せになりますよ。
――それって、今は落ちこぼれと呼ばれる生き方ではないでしょうか。
そうですね。今は落ちこぼれが2割でちゃんとした人が8割ですが、その割合が逆転するイメージです。ほぼ、みんなが落ちこぼれます。
――どうしたら自己満足できる人間に育ちますか?
月並みな言葉ですが、好きなことをさせましょう。子どもは自分が好きなこと・ワクワクすることを自分で知っています。極力、その邪魔をしない。「ゲームばっかりしていないで宿題しなさい」と注意してしまいますが、それは生産性を上げる以外の欲求を怠惰とみなしているから。楽な方に流されているように感じている。こういう声かけを続けていると子どもは徐々に楽しんだらいけない、という思考になっていきます。今、カウンセリングをしていても、自分が何が好きか・何をしているときに楽しいのかさえ分からない人が本当に多いですね。自分が何をしたいのか考える機会さえなかったのでしょう。生産性や効率を重視する現代は楽しみを我慢して、休まず勤勉でいることが良しとされていたのですから。我慢をしてきた人は欲求がない人になるし、嫌だという感情が起きたときもそれをなかったことにしてしまう。ブラック企業で働いて鬱になる人の多くが、我慢する以外の対処法を知らずに破綻するまで我慢してしまう人です。子どもが就職先が合わなくて悩んでいたらなんと声をかけますか?
――自分が1年で会社を辞めているので、すぐに辞めなさい、と言ってしまうかも。
親には止められませんでしたか。
――母親は「3年は頑張ってみたら」と。
辞めたいと思っていても辞められない人は自分への信頼、いわゆる本当の自信が小さい人です。頑張ることをやめて、新たな自分になるのが怖い。親に相談しても、「もうちょっと頑張ってみなさい」とさらに我慢を強いられてしまう。親も同じ価値観なのです。こうなると、どう考えても辞めた方がいい状況でも辞められない。最悪、自殺に至ることもあります。今でこそ転職も当たり前ですが、以前は会社を辞めた=我慢できない人というレッテルを貼られていた。ひと昔前は離婚だって同じ扱いだったんですよ。時代によって規範意識も変わります。これからの感性・欲求の時代に勤勉で忍耐強い人はフィットしない。親が思ういい子―勤勉・実直・我慢の時代は終わりました。
――では、どんな子育てをしていけば?
従来型の子どもに我慢を強いる教育は、新時代を生きる才能が開発されにくいという弊害もあります。2割のやりがいのある仕事はAI研究と並んでエンターテイメントを生み出す仕事。楽しさや美しさを追求する感性が求められます。感性を養いたいなら子どもの気持ちを大切にしましょう。クリエイティブな仕事に就けなかったとしても、これからの時代は自分の気持ちを大切にできないと幸せになりにくい。でも、今の子育ては知らず知らずに子どもに我慢をさせています。
30分間、子どもとの会話を録音してみるだけで、子どもの感情を抑える言葉かけをけっこうしているはず。そうでなくとも、今は働く女性も増え、母親が忙しいし疲れている。聞き分けがいい、いい子でいて欲しい、と思っているのでなおさらです。
親世代にできることは
自分の価値観を
子どもに伝染(うつ)さないこと
――我慢させなければ永遠にゲームを続けてしまう。国内外でゲーム時間を規制する条例が設けられていますが。
基本的に社会は不安を原動力に動いているので、その条例にも根拠はないでしょう。ゲームばかりしていたらロクな大人にならない、好きなことだけしていたら大変なことになる、という不安に突き動かされているだけ。残念ですがゲームをやめて勉強をさせたところで……。反対に、ゲームを楽しめる人は今後、幸せになれます。実社会ではなかなか満たせない、人と競う・成長する実感、を得られるわけですから。ゲームを悪いもの、くだらないものだと思い込ませるのは良くないですね。
――我々、親世代にできることとは?
なるべくこだわりを持たないこと。教育的な信念も強く持たない方が良いでしょう。日本全国で同じ価値観が共有されていた時代は終わるので、強い信念を持つ人ほど、他者の価値観にイライラを感じやすくなります。自分の価値観を子育てには持っていかない。厳しい価値観は知らない間に子どもに伝染(うつ)るので子どもが幸せになる障害になります。親が価値観を狭めずにいることが重要。ただ、これが難しいんですよね。ネット社会において人は生存本能で不安な情報を集めてしまうし、自分と価値観が合う人の情報をどんどん集めることができる時代。価値観が合う人間同士でクラスター化して、狭く偏った価値観が常識になっていく。
先に紹介した新型コロナウイルスがインフォデミック(情報感染)と称されたように、SNSが人のメンタルに与える影響は我々の想像以上に深刻です。
――親は子どもを自由にさせるべき?
もちろん最低限の躾は必要です。子どもは放任されると、大人に守られていないと感じて恐怖を抱く生き物。例えば、他人を傷つけてはいけない、相手の気持ちにも配慮する、など社会を生きやすくなる最低限のルールは身につける必要があります。それがないと不安定な子になる。これからの時代に必要な躾とは何か、親が考えていかないといけません。
――個人が判断するのは難しいですね。
そうですね。こうすればいい、と明言できるものはありません。予測はできないし、予測しようとしない方が良いのかもしれません。新型コロナウイルスで世界中がここまでパニックに陥るなんて誰も想像できなかったように。どうなるか分かりませんよ。予測できたり、ルールがあったり、教えてもらったりすれば楽でしょうが、そんな既成の知識が役に立たないのが、これからの子育て。楽ではないですが、この状況をポジティブに捉えるなら縛られなくていいということ。何かの価値観、方法論に縛られない、ということが最善の戦略でしょう。子どもの生きる力を信じてサポートに徹する。そんな親の「腹のくくり方」が今、求められているような気がします。
『令和時代の子育て戦略』下園 壮太(講談社 ¥1,400+ 税)
これまでの著書は怒りや不安といった感情と向き合う大人の心の鍛え方をメインにしていたが、変化の激しい時代に大人が自分の感覚で子育てを行うと「生きにくい」価値観を伝えてしまうことに危機を覚え、メンタルヘルスの観点からこれからの子育てについて指南。
イラスト/JUN OSON 取材・文/増田奈津子 編集/フォレスト・ガンプJr.
*VERY2020年6月7月合併号「アフター・コロナの子どもたちへ 元自衛隊メンタル教官 下園壮太さんに訊く 我慢させない、頑張らせない 逆転の子育て戦略」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。