『ママをやめてもいいですか!?』が共感を呼ぶ理由
ママをやめたい!
こう思ったことはありませんか? 「私はお母さんなんだから」と、すべてを飲み込み、我慢していませんか。実は8割のお母さんたちが産後、一度は「お母さんをやめたい!」と感じたことがあるそう。ドキュメンタリー映画『ママをやめてもいいですか!?』には、子育てをするすべての人へ、「あなたはひとりじゃない」というメッセージが詰まっています。監督である豪田トモさんと、妻でプロデューサーの牛山朋子さんも、9歳の娘さんを持つパパとママ。そこで今回、撮影を通して感じた、日本のママが背負い込んでいるもの、また夫婦のあり方についても聞きました。
――「産後うつ」をテーマにしようと思ったきっかけはなんですか。
豪田トモ監督(以降、豪) はじめは小説の題材として考えていたのですが、「産後うつ」といってもなんとなくのイメージでしか捉えられていなくて、実態はよくわかっていなかったんです。そこで、「お話を聞かせてもらえませんか」と取材のお願いをホームページに掲載したら、メールボックスが「産後うつ」の件名でいっぱいになるくらい、たくさんのお返事があって。実際にお母さんたちから話を聞くうち、子育てをめぐる現状を伝えるには映像を作らなければと、使命感を覚えました。
――50人超のママに取材をされたそうですが、「産後うつ」のバックグラウンドに何があるように見えましたか。
豪 自分の親との関係が、子育てに大きく影響していると思いました。調べてみたら、産後うつを経験した約9割の方が、親との関係にも悩んでいたことがわかったんです。僕自身、親との関係が良くなくて、家族をつくる自信がずっと持てませんでした。「自分は愛されてこの世に生まれてきたのだろうか」と、ずっと不安だったんです。でも、2010年に作った映画『うまれる』で、10回くらい出産に立ち会わせてもらって、命が生まれる現場、育まれていく様子を見るうちに、「こうやって俺も親に育てられたんだ」と、心から感謝の念が湧いてきて、両親と和解することができたんです。そうしたら、それまでの生きづらかった日々が一転、幸せな日常が広がっていきました。
牛山朋子さん(以降、牛) 映画に出てくれた産後うつを経験したママも、かつては実母と仲が悪かったんです。でも、撮影を通じてお母さんに言いたいことが言えるようになったそうで、それまで恨みつらみばっかりだったのが、いい面を見られるようになって関係が改善。今が一番幸せだって話してくれて、嬉しかったな。
豪 親との関係を見つめ直すことが、産後うつ・子育てうつを解消する近道になる人もいるだろうね。
自分の親との関係は、子育てだけでなく、夫婦関係にも影響します。親と仲が悪く、不遇な子ども時代のせいで自己肯定感が低いまま大人になると、いろんなことに「ま、いっか」と自分を許してあげられなくなりがち。その矛先を周囲にも向けてしまうと、「夜中の授乳は夫も一緒に起きるべき」「夫ならもっと稼いでしかるべき」みたいな“あるべき族”になってしまって、自分も周りも追い詰めてしまうことがあるかもしれません。
産後うつの方に話を聞くと、辛くても助けを求められないんです。真面目で責任感も強い方が多いせいか、「母たるもの、これくらいのことで弱音を吐いてはいけない」と、過剰に背負い込んでしまう。難しいかもしれませんが、ちょっとしたことでも周りに頼って、自分を少しでも身軽にしていってほしいですね。
牛 映画に出てくれたママたちも、声を上げられず悩んでいる人がたくさんいましたが、私たちが取材する中で話を聞くと、それだけで「すっごく楽になりました」って言ってくれるんです。撮影の終盤には、「私の経験が、他の苦しんでいるお母さんのためになるなら」と、使命感を持って取材に臨んでくれるほど、気持ちの変化が見られる方も多いです。
長年の取材を通じて、物理的に頼ることももちろんですが、話すだけで解決できることも多いと感じています。
豪 確かに、メールボックスがお母さんからの返事でいっぱいになったように、みんな話を聞いてほしかったのかもしれないね。僕の映画の一番の特徴って、作品を観ても映画自体について語る人ってほとんどいなくて(笑)、「私の時はこうだった」とか「ワンオペで悩んでて」みたいな感じで、ほとんどの方が自分の話をするんです。
――豪田さんご夫妻含め、映画作品自体が“引き出し上手”なんですよね。豪田監督は、妻である牛山さんに対しても聞き上手ですか。
牛 聞く努力をしてくれてるな、と感じますね。「ありがとう」も「好きだよ」も、よく言ってくれます。
豪 男は結果主義で、女性は経過主義。だから「会話」についても女の人と方向性が全然違うんです。であるなら、そこは割り切って「技術」と捉えてスキルアップするようにしています。感謝や愛情を表現することも、ある意味、技術みたいなところがある。こういう言い方すると女性は冷めるだろうけど。
牛 うん、嫌(笑)。
豪 でもさ、人間の脳の構造として、毎日同じ人間と過ごして飽きないはずがないし、嫌になることもあるでしょ。だったらそうなることを前提にして、回避する技術を磨くほうがいい。
――豪田さんの努力に加えて、牛山さんも凄いなと思ったのが、本作の製作のために3,000万円の貯金を崩す決意をされたそうで……。
牛 もちろん映画にするものについては、二人で徹底的に話し合います。でも、彼が作るものに関しては、絶対的に信頼しているし、「きっと大丈夫」っていつも思ってるんです。根っこが楽天的というか適当というか。ハハハ。
豪 朋子は本当に太陽神みたいな人なんです。いつも笑顔で、明るく周りを照らしてくれる。世の中の人がみんな朋子と結婚できたら、絶対幸せになるだろうなって思いますもん。娘も、朋子のもとに生まれてラッキーだと思いますよ。
牛 今日はいい日だなあ(笑)。話は戻りますけど、私自身が産後うつになることなく、これまで楽しく育児できているのは、彼がなんでも一緒にやってくれる態勢があるからこそ。
豪 娘は9歳になりましたが、生まれてからほとんど外食はしなくなりました。でも別にそれって特別なことでもなんでもなくて、家族だったら一緒に夕飯食べますよね。「夫婦仲いいですね」って驚かれることも多いけど、「だって夫婦だもん」って思っちゃう(笑)。結婚したわけだし、家族になったわけだし、赤ちゃんが生まれたわけだから、男の僕だって家にいたい。そんな当たり前のことが驚かれない世の中になればいいなって思います。
◉豪田トモ(ごうだ・とも)
映画監督。1973年、東京都生まれ。6年間の会社員生活を経て、カナダで映画製作修業を積む。帰国後はフリーランスの映像クリエイターとして活躍。『うまれる』シリーズは90万人以上を動員している。
*『うまれる』シリーズとは
豪田トモ監督によるドキュメンタリー映画で、2010年に公開された『うまれる』と、2014年公開の『うまれる ずっと、いっしょ。』のこと。「僕は愛されて生まれてきたのだろうか」という監督自身の疑問が着火点となり、妊娠・出産のみならず、不妊、流産、最愛の人の死といった、家族と命の物語を描いています。
◉牛山朋子(うしやま・ともこ)
映画プロデューサー。1972年、埼玉県生まれ。大学在学中に起業後、2000年に楽天株式会社に入社。35歳で映像の世界に飛び込み、『うまれる』製作中に豪田監督との子どもを授かる。公開直前に入籍し、公私ともにパートナーに。
『ママをやめてもいいですか!?』
『うまれる』シリーズの豪田トモ監督が、ママの“孤育て”や産後うつに焦点をあてたドキュメンタリー。産後うつを乗り越えて第3子を迎えようとするノリコさんをはじめ、悩みながら育児に奮闘するお母さんたちが多数登場。子どもは愛しくて可愛くて、幸せいっぱいなはずなのに、時にツラくて、孤独で、泣きたくなるのはなぜ……? 共感と感動、そして笑いが詰まった、ママと家族の物語です。ナレーションを務めるのは、小学生の娘さんを持つ俳優・タレントの大泉洋さん。
新型コロナウイルス緊急対策として、現在オンライン上映会を実施中。税込1,500円で、購入から48時間視聴可能。※現在は、8月31日(月)24時まで。
詳しくはこちらのURLへ。https://vimeo.com/ondemand/mamayame
撮影/吉澤健太 取材・文/小泉なつみ 編集/フォレスト・ガンプJr.
*VERY2020年6月7月合併号「『うまれる』シリーズの豪田トモ監督・最新作『ママをやめてもいいですか!?』が共感を呼ぶ理由」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時(2020年5月7日)のものです。