銀座にギャラリーも!「ヘラルボニー」のCEOが語る『直感や衝動で動く力』の魅力とは

世界の有望なスタートアップをたたえ、支援する「LVMHイノベーションアワード」を日本企業として初受賞、銀座の一等地にギャラリー&ショップをオープンと、急成長に注目が集まるヘラルボニー。“歴史的瞬間に立ち会えるかもしれない”、キャリアの舵を大きく切った『HERALBONY EUROPE』のCEO忍岡真理恵さんにインタビュー。

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仕事と子育てで錆びついていた
「好きのアンテナ」がヘラルボニーの明るさに反応

仕事も勉強も頑張ったのに「肩書きのない自分」

障害は、特性である。自閉症の兄を持つ松田文登氏、松田崇弥氏の双子の兄弟が主に知的障害のある作家が描く作品のアートIPをプロダクトとして発信。異彩を放つアートから障害に対する社会の目線を変え、100年先の文化の創造を目指す『ヘラルボニー』。忍岡真理恵さんは、昨年フランス・パリに設立された子会社『HERALBONY EUROPE』のCEOを務める。東京大学卒業後に経済産業省に入省、海外MBA、マッキンゼー、マネーフォワードというキャリアを経て、2023年にヘラルボニーに入社。履歴書を受け取った松田兄弟もおののくほどのキャリアの持ち主、転身のきっかけについて「入り口は、可愛いです」と語る。「当時の私は、キャリア鬱のような状態でした。勉強も仕事も一生懸命頑張って一通りのことはできるようになったものの、専門性に弱い器用貧乏。マーケターやセールスなどの専門分野をその道10年と突き詰めた人には勝てないと、職場云々ではなく自身のキャリアに思い悩んでいました。転職しようとエージェントと話してみても“紹介先がわからない”と言われることもあって。

 

もうすぐ40歳になるのに、肩書きがあるようでない。“私もここで終わりか”と月曜日の朝になると涙が溢れてしまうこともありました。その間には離婚や父の死も経験、“サバイブしなきゃ!”と頑張りすぎていたのも原因かなと思います。そのときお世話になっていたコーチングの先生からのアドバイスは“好きのアンテナを磨き直しましょう”。仕事と子育てで目一杯だった私は、映画やファッションなど“何が好き?”と聞かれてもパッと答えられないほど、アンテナが弱っていました。自分の感性に反応する、心が喜ぶものを地道に集めてみようと、まずは元気が出そうな名刺入れと“カラフル、名刺入れ”と検索。トップでヒットしたのがヘラルボニー、可愛い!と一瞬で心がときめきました」。

忍岡さんがヘラルボニーを知るきっかけにもなったアートをプリントしたレザーのカードケース。著名人のファンも多く、コラボレーションする企業も後を絶たない。各¥38,500(HERALBONY)

自分の想いとキャリアがすべて重なる運命的な出会い

高揚感を覚えた名刺入れをスイッチに、ブランドの背景や松田兄弟の活動、記事をくまなくチェック。ヘラルボニーのファンとしてその動向を見守るなか、忍岡さんの気持ちは“応援→働きたい”へ傾いていく。「障害のある方の才能に着目し、明るいビジネスとして社会課題の解決を目指すヘラルボニーに、自分が働く原点を確認。私はアメリカで駐在員の子どもとして過ごした後に日本の公立小学校に通い、そこで社会の不平等さに直面。家庭の事情を慮れずに友だちを傷つけてしまい、申し訳なく、自分を恥じました。その想いをいつか社会に還元せねばと、少年や児童虐待の事件を扱う弁護士を目指そうと法を学び、法律の制度や仕組みを考え直すべきと経済産業省に入り、社会が自律的に良くあるためにと大手コンサルへ転職しましたが、自分らしいやり方を見出せずにいました。ヘラルボニーの作り出すポジティブな世界観が好き、仕事として社会貢献ができる……。

 

ここで働けたら最高では?という気持ちの高まりと並行して、ヘラルボニーはディズニーとコラボレーションするなど、ものすごい勢いで成長。歴史的瞬間に立ち会えるかもしれない!と、子どもの習い事を待つ間にカフェで履歴書を作成。謙虚な気持ちは捨て、自分の持っているカードは全部出し切ろうと夢中で書きました」。当時、ヘラルボニーが募集していたのは経理。忍岡さんは経理経験がなく、それでも履歴書を送った理由について「できるできないを考えていたら、チャンスを逃してしまう。手を挙げなければ何も始まらないという逞しさは、アメリカのMBA留学で培いました」。これまでのすべての経験に後押しされる形で、忍岡さんはキャリア迷子からの脱出に成功する。

息子の中学受験に迷い。「いいチームを作れる大人に」

忍岡さんが着ているトップスもヘラルボニーのもの。ファッションからフードまで商品も幅広い。チュールトップス¥19,800(HERALBONY)

ヘラルボニーで働く毎日は、驚きの連続という。「松田兄弟はビジョナリーで、ひらめきとやりたい気持ちでどんどん前に進んでいく。これまで私の周りにいた論理的な根拠のもと、失敗のないやり方で成功を勝ち取っていく人たちには、想像もつかないスタイルのビジネス。だからこそ面白いし、奇跡を起こすことができる。2024年から始まった世界各国の障害のある作家たちを称えるアワード『HERALBONY Art Prize』は、フランス出張から戻った松田崇弥氏の“やりたい!”の一言で急に立ち上がったもの。私からすると会社の規模的にむずかしく、しかもいろんな国の方に審査員をお願いするのはいくら何でも……と思っていたら、結果的に作品が集まったのは29カ国。審査員の中には、東京藝術大学学長の日比野克彦さんの名前も。作家の計算のないピュアな衝動や偏りのないリスペクトが、人を集める……。息子には当たり前に中学受験をさせるつもりでいましたが、迷いが出てきました。勉強よりも、いいチームを作れる大人になってほしいなって」。

予想外の奇跡の連続に「右脳が活性化しています」

『HERALBONY Art Prize 2024』の授賞式では、素敵な光景に涙したという忍岡さん。「会場はパレスホテル。ドレスアップした作家と協賛してくださった企業の重役の方たちが同じテーブルでフレンチをいただき、作家が自由に席を立って、誰かのスピーチの最中に喋ってしまっても、当たり前と授賞式が進行されていく様子があたたかく美しく、感動と同時に“ヘラルボニーならこの景色をもっと広げていくことができる”と実感した瞬間でした」。この取材の数日後、忍岡さんは『HERALBONY EUROPE』本格始動のためにお子さんと一緒にフランスへ。「これまではいろんな側面からビジネスを検証、ときにブレーキをかけるのがチームとしての私の役目でしたが、『HERALBONY EUROPE』のCEOに就任した今は、好きとか楽しいとか、直感や衝動で動く力も大切。髪色をこんなに明るくしたのははじめてで、予想外の奇跡に右脳が活性化しているのかもしれません(笑)。一直線に上がっていくキャリアを手放した今はすごく自由で、未知の世界に飛び込むことにワクワクしています。想定外の自分が楽しみで仕方ありません」。

オープンしたばかりの銀座のショップには作家のアトリエスペースも。定期的にテーマが変わり、作品のラインナップも一新される予定です。
ヘラルボニーというブランド名の由来になった松田兄弟の兄・翔太氏がノートに書いた文字。
パリのオフィスはスタートアップ企業が集まる施設「Station F」に拠点を構える。左はCo-CEO 松田崇弥氏、中央はCGOの小林恵氏。

HERALBONYLABORATORY GINZA

障害のある作家やその作品に触れることで、障害への価値観が変わる体験を提案。アートプロダクトを販売するショップとギャラリーを併設、作家のライブペインティングも行われる。
住所/東京都中央区銀座2-15-16銀冨ビル1F
営業時間/11:00~19:00
定休日/火曜日休
https://store.heralbony

Profile

忍岡真理恵(おしおかまりえ)さん

1983年生まれ。2009年経済産業省入省、アメリカで経営学修士(MBA)取得、マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社で事業戦略などに携わった後、株式会社マネーフォワードにて事業戦略、社長室長、IR責任者などを務める傍らで同社のESGやダイバーシティ活動を推進。2023年よりヘラルボニーに入社。

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撮影/イマイハルカ ヘア・メイク/只友謙也〈Linx〉 取材・文/櫻井裕美 編集/水澤 薫
*VERY NAVY 6月号「キャリアの先に見つけた奇跡的な出会い」より抜粋。詳しくは2025年5/7(水)発売VERY NaVY 6月号に掲載しています。