手塚理美さん(63歳)特別インタビュー「人生の中で一番やりたかったことは出産でした」

80年代に数々の話題のドラマに出演し、元祖ワンレン女優として知られる手塚理美さん。出産後は子育て中心でしたが、2人の息子さんたちも独立し、8年前から俳優業に本格復帰。「何事もこだわらず、楽しむのが一番!」とグレイヘアも自分の体を使った実験として楽しみ、変化することを恐れないポジティブな姿勢に勇気づけられます。今回は40代の頃の子育てエピソードや理想の年齢の重ね方などについてお話しいただきました。

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お話を伺ったのは…手塚理美さん(63歳)

《Profile》
1961年東京都生まれ。7歳でモデルとして活動をスタート。’75年ユニチカ2代目マスコットガールとして芸能界に本格デビュー。’82年NHK 朝の連続テレビ小説「ハイカラさん」でヒロインを務める。以降、「ふぞろいの林檎たち」「男女7人秋物語」などドラマや映画で活躍。’21年に映画『メイド・イン・ヘヴン』で主演を務め、’23年映画『有り、触れた、未来』’25年3月20日公開 映画『少年と犬』など。

人生の中で一番やりたかったことは出産でした

30歳で長男、34歳で次男を出産し、40代は子育て中心。宿泊が伴う仕事はせず、子どもたちそれぞれの中学受験の年は1年間仕事を休みました。その間、PTAの役員もやりました。長男のときは中学受験をしたので、「仕事を休んじゃったし、やります」と手を挙げました。やってみると毎日学校に通って、すごく楽しくて、次男のときも立候補。自分が中学生のときも美化委員や生活委員を率先してやり、昔から楽しんじゃうタイプです。結果的に学ぶことは多かったですしね。

つくづく子育てに正解はないと思います。長男は中学2年生のとき、学校には行くものの遅刻魔で、帰宅すると部屋にこもり、ご飯も部屋で食べるようになりました。引きこもりではないですが、私と顔を合わせない。そのせいで精神的に参ってしまって、入院しました。男の子との向き合い方がわからなくて。「なんで夜寝なきゃいけないの?」「なんで修学旅行に行かなきゃいけないの?」と、1つ1つ突き詰める子で。長男も悩んでいました。でも途中で「つき合うしかない」と、無視も否定もせず、先生に相談して先生と仲良くしました。そういう状態が高校2年生まで続いたとき、私の弟が「音楽をやればいいんじゃない?」とギターをプレゼントしてくれたら、長男が反応して、いい方向に向かいました。弟にはとても感謝しています。

親に言われたからではなくて、自分で気づくことが大事だったんでしょうね。今も好きなことを自由にやっています。私は子ども時代から、好きでもなくモデルを始めて、今まで本当に好きなことをしてこなかった。人生は長いから、回り道しても、息子たちには好きなことをやってくれればいいと思っています。

次男とはご飯を食べに行ったり飲みに行ったり。好きなものは似ています。自然が好きな子で、北海道に住んでいましたが、昨年、東京に戻って来て、俳優の道を進み始めました。よくお父さんにそっくりだと言われます。

真田氏とは今でもいい関係です。息子たちの誕生日やクリスマス、お正月にはみんなで食事をしました。子育てに悩んだときも相談しました。9月に彼が主演とプロデューサーを務めたハリウッドドラマ「SHOGUN 将軍」でエミー賞主演男優賞を受賞したときは、お祝いメッセージを送りました。日本人というだけで海外で賞を取るのは困難だとか、海外の時代劇作品の違和感について語り合ったこともあって、そこを変えるため、彼はずっと地道な努力をして闘ってきたので、今回は報われて、尊敬しかありません。私にはできないなあ。

私が人生の中で一番やりたかったことは子どもを産むことなんです。子育てが大変でも、子どもと悩んだり笑ったりしたことは本当に楽しかったです。とはいえ、お腹にいたときが一番ラクだったかな(笑)。

再婚も考えましたけど、真剣には考えなかったかな。男性から電話があると、長男が嫌がったということもありますが、この人っていう人は現れなかった。長男が夫みたいで、次男が恋人みたいな感じ。そう思えば楽しいじゃないですか。

自分を愛でることができる人が美しい人

息子たちが巣立った後、女優業に本腰を入れようと事務所を変え、環境も変えました。息子たちの状況に合わせて何度も引っ越しました。今はひとり暮らしに相応しいコンパクトなマンションで、無駄なく過ごしています。

女優をこれまで続けられたのは現場が好きだから。今までは表に出る立場でしたが、できれば裏方をやってみたい。プロデュースや演出ではなく、下調べをするロケハンやコーディネーターをやりたいですね。いつも「ロケハンに連れて行って」と言うのですが、連れて行ってもらえたことがありません(笑)。

人は何歳であっても、どんどん変化していかなければいけないと思うんです。子育てしている頃は、隠れ完璧主義的なところがあって、"ねばならない〟があったけど、子どもを育て、自分だけのためではない生活を経験したことで、"ねばならない〟を手放せたら、生きるのがとてもラクになりました。年を重ねるって素敵だなと思います。できないことが増え、物忘れも激しくなる自分と向き合いながら、素直に年を取っていくことを考えるのは楽しい。

草笛光子さん、中尾ミエさんはとても素敵に年を重ねられていますし、亡くなられた樹木希林さんは、「普通を知る」ということを自分で体現していらして、その精神は素晴らしいと思います。お三方は私の憧れの先輩方です。

言い訳をせず、人に迷惑をかけず、人と比べず、自分のいいところを自分で探して自分を愛でることができる人は美しい人。可愛く年を取りたいな。頑固なおばあちゃんだけには絶対なりたくない!

40代のころの私

息子2人が中学受験をしていた時期でもあり、まさに子育て最優先だった40代。映画『茶の味』は、仕事をしばらくお休みしていた後の復帰第1作で、私にとっていろいろな意味で転機になった作品。その後すぐに連続ドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」の出演が決まりました。

手塚さんが40代に伝えたいこと

愛がなければ何も始まりません。子育てを通して愛の大切さを学びました。人には愛をもって接し、自分にも愛をもって労り、料理にも愛を込めてと思うし、撮影現場にも愛が必要。愛があればすべてがうまくいきます。

《衣装クレジット》
ニット¥30,800(ANNUAL×MOGA/モガ)スカート参考商品(レキップ)リング[左手]¥220,000(キノシタパール)リング[右手]¥275,000〈ペルラジオーネ〉ピアス[右耳]¥176,000、ピアス[左耳]¥319,000〈ともにアレッサンドラ・ドナ〉(すべてラパール ドリエント)

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2025年『美ST』2月号掲載
撮影/吉澤健太 ヘア・メイク/奥戸彩子 スタイリスト/草間智子(オフィス・ドゥーエ) 取材・文/安田真里

美ST