安藤サクラ×山田涼介…最強で切ない姉と弟のバディ映画『BAD LANDS』をレビュー【辛酸なめ子の「おうちで楽しむ」イケメン2023 vol.50】

『検察側の罪人』『燃えよ剣』『ヘルドッグス』など、数々の話題作を手掛けてきた原田眞人監督の最新作『BAD LANDS』。安藤サクラさんと山田涼介さんが血のつながらない姉弟を演じる〝大阪弁フィルム・ノアール〟として大きな話題と期待を集めているこちらの作品について、辛酸さんにレビューしていただきました!
(注※コラム内でストーリーにふれている部分があります)

安藤サクラ×山田涼介―予測不能な化学変化に期待が高まる

疾走感あふれるクライムサスペン

疾走感あふれるクライムサスペンス『BAD LANDS』。監督は原田眞人、原作の小説は黒川博行という邦画の注目作です。「姉弟が向かう先は〝天国 〟か〝地獄 〟か?」というキャッチフレーズが目を引きます。主人公のネリと、血のつながっていない弟のジョーを演じるのは安藤サクラと山田涼介。そのビジュアルを想像するだけでも予測不能な化学変化が起きそうです。
舞台は大阪。姉のネリは特殊詐欺グループの手伝いに身をやつしています。ネリの親代わりのような高城(生瀬勝久)は特殊詐欺グループを取り仕切る名簿屋で、ヤクザともつながっているコワモテおじさん。冒頭のネリと高城が会話するシーンからも、完全に気を許していない緊迫感が漂ってきました。ムショから帰ってきたジョーがその危うい人間関係に加わります。

実生活では絶対に関わりたくなキャラクター揃い

この映画はサイコパスがひしめいていて、非現実的な空気に引き込まれます。犯罪歴があり、殺人も厭わないジョーは自称サイコパス。その姉ネリも刃物をちらつかせ、何かあると瞬時に人を切り裂く攻撃力の持ち主。そして一見、人情がありそうな高城も人を平気で使い捨てするような冷酷さで、高城の下で働いていた、ネリには優しい老人・曼荼羅もジョーにサイコパス認定されるほどの危険人物。さらにネリの元カレで東京の大物マクロ投資家・胡屋(渕上泰史)も、ドSで性奴隷のような女性をはべらせています。他にも、裏賭博で負けた人に高額の利子を吹っかけたり裏社会の仕事を斡旋したりするミステリアスな林田という女性も登場。実生活では絶対関わりたくない人だらけです。出てくる人全員、サイコパス度を競い合っているよう。闇の世界で成り上がるには必要な要素なのかもしれません。大阪府警で特殊詐欺グループを追う人たちも出てきますが、影が薄いです。そのくらい、闇の世界が色濃く浮き上がってくるストーリーです。
この映画には、詐欺グループの事務所や受け子や出し子、名簿屋といった役割分担など、リアルな犯罪の現場が出てきます。安藤サクラ、山田涼介2人とも関西弁を使いこなし、ダーク系のファッションで大阪の裏社会の人間を演じきっていました。ネリは高城のもと、「受け子の三塁コーチ」として働いています。高齢者に現金を引き出させ、受け子が取りに行くときに周りに警察がいないか瞬時にリサーチし、サインを出して指示するという重要な役割。映画の冒頭では、尾行に気付き、咄嗟に判断して中止サインを出す姿が描かれていました。仕事ができる女性だと一瞬憧れそうになります。ネリは語学に堪能で海外出張と称し,偽装結婚の仕事もこなしていました。

血のつながらない姉弟関係で山田涼介の弟力が炸裂

そんなネリを慕っている弟のジョー。子どもの頃から姉弟同然に育ってきましたが、血がつながっていないということで弟の思いは姉弟関係を超えているようです。
高城の下で安いギャラで働かされている姉を心配し、高城の通帳を奪って逃げることを提案するジョー。でも結局一緒に名簿の下見を手伝ってくれて優しいです。偽の投資の訪問販売に行くシーンでは、ネリと一緒に出かけられるのがどこか嬉しそうでした。「ムショで英語勉強しとったんよ」と言いながらも、姉の英語力にはかないません。こんな無邪気な顔をして犯罪を次々こなすとは、ジョーが空恐ろしいです……。もし訪問販売で家に訪ねてこられたら契約してしまいそうです。裏賭場にネリが監視役としてついて行く時も「ネリ姉と賭場に行くなんてうれしい」と素直に楽しそうでした。まるで姉弟でUSJに行くようなノリです。賭博も最初は調子が良かったのが、次第に負けてくると、あとで「ネリ姉がおらんようになってから潮目が変わった」と姉のせいにして、甘えている様子がかわいいです。
東京で男性にひどい目に遭わされてきたらしい姉のことを思いやる優しさもあります。自分にだけ優しいサイコパス……かなり魅力的です。ネリを見つめるジョーの表情に、山田涼介は最強の弟だと感じました。弟がいない人も、この映画を観たらジョーが心の弟として永遠に住み着いてしまいそうです。大金を得たら山分けして、今後バラバラに生きようと提案するネリに対し「俺たちはチームや!  運命共同体や!」と、離れたくない様子。一緒に逃げる途中、ラブホで仮眠する場面では、何も手出しができず、ジョーの淋しそうな表情が心に残りました。ネリが幼い頃から仲が良く、信頼してる曼荼羅にも嫉妬の念を匂わせるジョー。

2人の〝疑似家族〟関係は少子高齢化社会を先取り⁉

ネリはどうしてこんなにルックス的にも最強な弟に淋しげに見つめられても、相手を寄せ付けず距離感を保ち続けられるのでしょう。時には目の前で着替えたり、シャワーに入ってきたり、裸体を見せつけられるシーンも。
「ネリからはジョーを必要以上に近づかせないよう牽制するセリフが多いけど、ネリが言葉で何かを投げかけると、山田君が必ずそれをキャッチして投げ返してくるんです」(安藤)、「どんな球を投げても、安藤さんがネリとして受けとめて、160キロぐらいのスピードでおもしろく返してくれるんです」(山田)という二人の談話が作品資料に載っていました。アドリブまじりの2人の攻防にドキドキ感が高まります。
かわいすぎる弟にハマったら色ボケして理性を失い、緊張感がなくなってしまう……直感の鋭いネリにはそんな危惧があったのかもしれません。生き馬の目を抜く裏社会で姉と弟はバディであり、ソウルメイト感もありますが、男女の関係になったら情が絡み合い、お互いの負のカルマの相乗効果でますます闇の世界に堕ちていってしまいそうです。
日々、やるかやられるかという緊張感の中、姉と弟が一緒にコーヒーを飲むシーンが時々出て来て癒されます。一定の距離感を保ち、必要になったら助け合う疑似家族。少子高齢化が進む今、もしかしたら日本の未来の家族観を先取りしている映画なのかもしれません。山田涼介が疑似弟だったら、どんな生きづらい世の中でも生きていけそうです……。



辛酸なめ子

イケメンや海外セレブから政治ネタ、スピリチュアル系まで、幅広いジャンルについてのユニークな批評とイラストが支持を集め、著書も多数。近著は「女子校礼賛」(中公新書ラクレ)、「電車のおじさん」(小学館)、「新・人間関係のルール」「大人のマナー術」(光文社新書)など。