介護保険制度が最大の危機を迎えているのは知っていますか? そうなれば結局、損をするのは女たちです。【上野千鶴子のジェンダーレス連載vol.18】
進みつつあるジェンダーレス社会について、私たち親は、娘や息子たちにうまく説明できるだろうか? ジェンダー研究の第一人者に聞きます。
会社の平均寿命より、人間の平均寿命のほうが全然長いということを知っていますか?
「超高齢社会と男女」について③
Q.以前、雑誌『婦人公論』で、上野さんが大事な方の人生最期に婚姻届を出して看取ったという話を読ませていただきました。その時に、介護保険や社会保険の制度の問題でご苦労されたと…。どういうことだったのですか?
日本の法律は家族主義なので、血縁関係にない友人・知人が手続きをするとなると大変です。友人といっても赤の他人。同性パートナーであっても申請は通りません。ただ、婚姻するか養子縁組をするか迷いに迷いましたが、姓を変えたくなかったので前者を選びました。お相手の方も同意してくださいました。
あなたに介護経験はありませんか? 親やおばあちゃんも介護保険の世話になっていませんか?
Q.まだです。介護の経験もないので、介護保険がどういう制度で、どれだけ大事なものなのか、正直よくわかってません…。
いずれは親の介護がかかってきますよ!
介護保険があるからこそ、子どもは親をひとりでも安心して置いておくことができますし、自分も親から離れていられます。
でも、そんな介護保険が危機であることを知っていますか?
私は昨年【史上最悪の介護保険改訂を許さない会】という抗議行動を起こしました。
若い人たちは、介護保険のことを知らないようですが、介護保険は3年に一度改正されており、次は2024年、つまり来年に改正されます。どう変わるのか、まだ全貌が明らかになっていませんが、はっきりしているねらいが利用抑制です。そうなれば制度があっても使えない、介護保険史上最悪の状態になります。
「2025年問題」はご存じでしょうか? 私たちのような団塊世代が75歳以上の後期高齢者になる年のことです。そうなれば要介護認定者が増え、認知症の発症率も上がります。
Q.2025年、圧倒的に後期高齢者が増えるということですか?
そうです。団塊世代がいちばん人口の多いボリュームゾーンですから。だから、危機感を煽っているのです。
令和4年の10月から後期高齢者の医療保険の本人負担が原則2割に増えました。ところが国は、〈それなら、医療保険の2割負担に合わせて、介護保険も原則2割負担にしましょう〉と社会保障審議会介護保険部会に提案しました。私たちが「許せない!」と声を上げ続けた結果、とりあえず介護保険の2割負担は先送りされました。
Q.全然、知りませんでした…。やはり声を上げないとダメですね。
1割負担のままだと、最重度の要介護5であれば、月額36万円分のサービス利用が36,000円で使えます。2割負担なら、倍の7万円以上ですよ。それを楽に払えるほどの年金をもらっているお年寄りがどれだけいるか…。
富裕層では、2割、3割負担も増えていますが、富裕層の年収基準を知っていますか?
Q.え~? 所得がこれだけでも後期高齢者は富裕層になるのですか?
はい、これが介護保険の制度上の富裕層です。
それから現在はケアマネージャーによるケアプラン(利用者がどんな介護サービスを受けられるか、どんな目標を設定するか、といった内容を書いた計画書)作成は無料ですが、それも有料にするという提案がこちらも先送りされました。ケアプラン作成が有料になれば、介護保険利用は、さらにハードルが上がります。
つまり、制度はあるが、どんどん使わせないように利用抑制を進めているのです。じゃあ、この先どうすればいいのか。国は、もう一度、家族に負担を押し戻したい、つまり“再家族化”です。〈足りない分は、家族が自分たちで負担するか、さもなくばお金で解決してね〉と言っているのです。自費サービスの利用を勧める介護保険の混合利用、つまり”市場化“も勧めています。〈お年寄りは小金持ちなので、自費でサービスを利用してね~〉と。背後にあるのは財務省の思惑でしょう。
Q.足りない分は、自分たちでどうにかせよということですか?
はい。それでどうにかできる“富裕層”はごく一部。家族もいない、お金もない、という高齢者は「在宅」という名の放置になるでしょう。コロナ禍で目の当たりにした「在宅療養」という悲惨な放置と一緒です。
国は〈お金がない〉などと言いますが、実は制度が始まった平成12年から介護保険財政はずっと黒字ですよ。本当に「ふざけやがって!」と思います。
私たちは、合計5回のオンラインでの抗議行動を実施しました。すべてYouTubeに上がっていますからご覧になってください。
第1回10/5~総論、利用者の原則2割負担とケアマネジメント有料化を中心に~
YouTube配信 https://www.youtube.com/watch?v=s-7b8TvEPV0
第2回10/19〜「要介護1、2の総合事業移行、福祉用具の買い取り」を中心に〜
YouTube配信 https://youtu.be/MCf1HdjjtzY
第3回11/3〜介護施設の職員配置基準をICTで引き下げることはできない〜
Youtube配信 https://youtu.be/dXL7N86l1_Q
第4回11/10 訪問医療・看護の現場から〜介護がなければ在宅医療はできない!〜
YouTube配信 https://youtu.be/E1Jj7tU0UUo
11月18日院内集会&記者会見
YouTube配信 https://www.youtube.com/watch?v=rFzkye0VJ60
改悪案の中には、「福祉用具はレンタル制だったのに、一部を買い取り制にしようとしている」というものがあります。これは酷いことなんですよ。
高齢者は、体の状態が変化していくにしたがって、福祉用具を調整したり機種変更をしたりする必要があります。レンタル制ならその都度、介護事業者が手配してくれます。ところが買い取り制になってしまったら、売りっぱなし。体に合わない車いすなどを、我慢しながらずっと使い続けなければならなくなります。
Q.高齢者に全く寄り添っていませんよね…。
改悪案のなかにはさらに要介護1,2を介護保険からはずして、自治体に丸投げという案もありました。「市民のボランティア団体などにお願いしなさい」というものですが、そんな団体、どこにありますか。
特養などの高齢者施設も危機です。「2割負担になれば、これだけの費用がかかる」というシミュレーションを出してもらいました。施設に入所できるのは、月額20万円程度を払える経済力のあるお年寄りか、逆に生活保護受給者のように個人負担のない人か、どちらかしか入れません。介護の現場では既に2極化が起きています。
ドクターやナースといった在宅医療従事者も呼びました。介護力がなければお年寄りは家にいてもらえず、地域に年寄りがいなければ、在宅医療は成り立ちません。
抗議行動を起こしたからこそ、ほとんどの改悪案が先送りされました。私たちが行動を起こさなければ、どうなっていたかわかりません。
Q.恥ずかしながら、先生たちの行動さえも知りませんでした。STORY読者も知らない人が多いと思います。やはり声を上げることは大切なんですね。
現在40代の人たちが要介護になるのは40年後としましょう。でも、その時に介護保険がなかったらどうしますか?
Q.夫婦共倒れでしょうか…。そういえば、以前の話の中で、22年前に介護保険制度がスタートしたことによって「高齢者でも1人で死ねる」という選択肢ができたと言っていましたよね。
そのとおりです。22年の間に、現場が進化しました。経験値が上がり、スキルのある人材が増えました。最初の頃は、「死にかけているお年寄りの家に、うちのヘルパーはパニックになるので送り出せない」などと、サービス提供責任者が言っていたこともありますが、実際にホームヘルパーさんたちが経験を重ねることで、在宅死が穏やかなものだということがわかってきました。ヘルパーさんたちの介護のレベルが上がり、自信をつけるようになりました。
Q.しかも、介護の問題は〈女が看取ってくれる。女が介護してくれる。女がタダで働いてくれる〉と思っている男がまだまだ多いような気がします。
そう、本当にひどい話です。
介護は元々嫁のタダ働きだった。ですから介護保険の制度の中でも、特に訪問介護は低賃金です。介護ワーカーの賃金が低いことは、結局〈年寄のお世話なんて、この程度でいい〉と、政策決定者たちが考えてるのですよ。
女が家で何をやってもタダ働き(不払い労働)だったことを、私的家父長制と呼びます。外に出て働いても、やっぱり低賃金。それを、公的家父長制と呼びます。
結局、家の中でも外でも家父長制。
どこに行っても女は家父長制から逃げられません。そんな状況に対して、女性はもっと怒っていいんです。
Q.重労働なうえに賃金も安い。それこそ若い人なら「やってらんない」って言いますよね。
他に有利な仕事があれば、そっちへ行くのも無理もありませんね。
取材/東 理恵
上野千鶴子
1948年富山県生まれ。社会学者。京都大学大学院修了、東京大学名誉教授。東大退職後、現在、認定NPOウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長として活動中。2019年東大入学式での祝辞が大きな話題に。『おひとりさまの老後』や『在宅ひとり死のススメ』など著書多数。今年になって上野千鶴子基金を発足。
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