【恋じゃねえから】漫画家・渡辺ペコさん「恋愛だから仕方ない、それは本当?」

あれは「芸術」や「恋愛」なのだから、と思っていた。けれど……。各界の有名指導者やクリエイターから過去に受けたセクハラ・性暴力を告発する。そんなニュースが近年多くなっています。なぜセクハラ・性暴力は後を絶たないのか。「特別」だと思っていたものとのいびつな関係に気づくとき私たちは何ができるか。漫画『恋じゃねえから』が話題の渡辺ペコさんに話を聞きました。

*VERY2022年10月号「性暴力、セクハラ……今だから気づけること 考えること」より。

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*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。

渡辺ペコさん
わたなべぺこ●漫画家。北海道生まれ。2004年、「YOUNG YOU COLORS」(集英社)にて『透明少女』でデビュー。以後、女性誌を中心に活躍。2009年、『ラウンダバウト』(集英社)が第13回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選ばれる。2020年に完結した『1122(いいふうふ)』(講談社)は、夫婦とは何かを問いかける話題作として大きな注目を集め、現在累計135万部を超えている。

愛情や信頼を
「恋愛」だけに委ねない

──作品全体を象徴するようなタイトルがとても印象的です。

「恋愛」だと思ってきたものが、見方を変えると違う形になることがあります。これまで年齢や立場の違いなど、力の差がある関係なのに「恋愛なのだから仕方ない」と許されてしまうケースがあまりにも多かったように感じていました。物語の構想段階では『恋じゃなかった』というタイトルも候補のひとつでした。でも、それでは、過去の恋愛の美しく見える部分だけを切り取って回顧する物語に見えてしまうかもしれない。自分が年齢を重ねる中で、あの頃は愛や恋と思っていたけれども、実はそうじゃなかったと思い返すことがありました。若い頃は人間関係のバリエーション自体が少ないです。年を取ってからは、距離感の保ち方や尊重の仕方を学んで、恋愛以外の人間関係のあり方も考えられるようになりました。恋愛というもの自体を否定するつもりはないけれども、別に恋じゃなくてもいい関係もある。恋だと思っていたけれども、振り返ればそうでなかったのではないかという疑問を含めて提示したいと考え、連載開始ギリギリに浮かんだこのタイトルになりました。

──「芸術家のやることだから仕方がない」と特別視するような風潮は変わりつつあります。過去の性暴力が明るみに出ることも増えました。一方、過去の作家に関しては破天荒な生き方だけれど天才などといわれ、作品自体も評価され続けることが多いです。

これは私自身も判断が難しいところですが、時間経過は基準の一つです。加害者とされる人と被害者とされる人がどちらも生きていて、加害者側が現役作家であるならば、もともと人や作品が好きであったとしても、今まで通りに鑑賞するのはとても厳しいと思います。文豪と呼ばれるような作家たちの中でDVや女性問題が全くない人は非常に少ないような気がします。以前は「作家はこういうものだ」と理解しようとした時期もありましたが、今はもうその頃に戻れない。作品だけを純粋に楽しめない。そういったことが増えました。

──生きるのがつらい環境の中では、いびつな関係さえも心のよりどころになることがあります。年齢を重ねて視野が多少は広くなったつもりでいても、ふとしたことでそこに戻ってしまうのではないかという怖さも漫画を読んで感じました。

若い頃、恋をしていたはずが実は搾取されていたのではと思い返すようなことは多くの人にあると思うんですよね。その時々で自分が生き延びるためにとった選択ならそれをすべて間違いだと決めつける必要は全くないと思います。ただ、もしかしたら、他の方法も選べたのかもしれない。過去を振り返るのは時につらい作業ですが、検証し直してみることは今後の自分の行動にもつながるのではないかと思います。今、それに気づけるということは、歳月を経て見えるものが多くなったということでもあるのでは。

──物語はこれからどうなっていくのでしょうか。

中年以降もポジティブで、人間関係や友情をきちんと育める。そういう人はフィクションの世界の登場人物としても魅力的に思う一方、そうなれない人はどうなるのかと気になっていました。この物語では、あえて元気じゃない人や、内面に何かしらの問題を抱えている人に主軸を置いています。シスターフッドって現実には難しい関係性なのではないかと思いながら描き始めましたが、やはり恋愛でない関係でも、親しみや信頼、愛情を感じることはあると感じますし、自分が年を取ったからこそ、過去の出来事を時間的距離を置いて見て、気づくことを描きたいと考えています。

『恋じゃねえから①~②』
726円(講談社・モーニングKC)

夫と娘と暮らす40歳の主婦・茜は、ある日、中学時代に通った学習塾の講師・今井が彫刻家になったことを知る。彼が発表した「少女像」は、かつての親友・紫の姿によく似ていた。蘇る記憶、封印していた1枚の写真。そして私の犯した罪と願い。過去をひもとく現在の3人の運命が動き出す──創作と性加害をめぐる問題作! 現在、『モーニング・ツー』(講談社)にて連載。コミックス①~②巻発売中。

取材・文/髙田翔子 編集/フォレスト・ガンプJr.

\by渡辺ペコさん 関連推薦本/

『告発と呼ばれるものの周辺で』
小川たまか(亜紀書房)

「性暴力等の被害者の方の声を知るために、小川さんの本はおすすめです」

『大丈夫な人(エクス・リブリス)』
カン・ファギル(白水社)

「今まで忘れていたり、大したことがないと思っていた、自分の身近にあった暴力や、その空気を思い出します」

『性暴力をめぐる語りは何をもたらすのか』
前之園和喜(勁草書房)

『性暴力被害の実際』
齋藤 梓・大竹裕子(金剛出版)

「この2冊は、性暴力がどのように発生し、語られ、社会が受け止めてきた(あるいはこなかった)のかを知ることができます」

*VERY2022年10月号「性暴力、セクハラ……今だから気づけること 考えること」より。

 

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