男性社会と言われる「職人」として生きる 女性初・ねぶた師の仕事への思いとは?
「職人として生きる」――厳しい修業に耐え、強い信念と志を持ち、絶えず高い技術を追求していかなければならない日々。男社会と言われる世界で、彼女たちは何を思ったのでしょうか。男も女も、老いも若いも目に入らぬほど熱中し、心の底から楽しむ――そんな女性職人のエピソードは、私たちの胸を熱くさせてくれます。
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ねぶた師 北村麻子さん
42歳・青森県在住

抑えきれぬ衝動〝ねぶたを作りたい〟
一心不乱にそれだけを思った
一心不乱にそれだけを思った
祭りもねぶたも男のもの…女ができるとも思わず、稀代の名人といわれた偉大なねぶた師の父の背中はあまりに大きく、別の道に進んだ3人の兄妹。「ねぶたの手伝いはしていたものの、作りたいとは微塵も考えたことがなかったです」。
北村さんが20代半ばの頃、日本中を襲った不景気はねぶたにも影響、廃業間際にまで追い込まれた中で〝聖人聖徳太子〟の作品を生み出した父親に心が震えたそう。「父の作品を見て胸が熱くなりました。どん底を味わった人が這い上がる姿を目の当たりにし、この父が一生懸命繫いできた技術やねぶたへの思いを終わらせてはだめだと」。
これまで弟子入りした女性はすべて辞め、父親からの心証は最悪。「正面から入っても断られるだけと思い、何も言わずに父の作業場へ毎日通いました。〝何しにきた?〟という感じで目も合わせてくれなかった」。
誰にも相手にされず、教わることもできず、ひたすら技術を目で盗む日々だったといいます。「泣きながら帰宅する日もありました。でも、今まで何にも興味を持てなかった自分が、生まれて初めてやりたいものに出合えたことは幸せでしたし、これだけは絶対手放さない、諦めないと」。
ある程度の技術が身につき、父親からも指示が飛ぶようになってきた3年目にアクションを起こします。「このままだとスタッフとして終わってしまうかもしれない…。制作者になるためにも、ねぶた作りを教えてほしいと父に頼み、自費で小さいねぶたを作りました」。
「すごく印象に残っているのが、夜中、水を飲みに何げなく通りかかった真っ暗な作業場に灯る、私のねぶたを眺める父の背中。言葉には出さないけれど喜んでくれていたのかもしれません」。
そんな自主制作のねぶたが協賛団体の目に留まり、修業4年目で女性初のねぶた師に。デビュー作は優秀制作賞を獲り、北村さんの快進撃が始まります。「女性初と注目してもらえるのはポジティブに捉えていました。ただ、女性ならではの色使いや繊細さと評される度に少し違和感も。できれば女性だからではなく北村麻子だから! と思ってもらえたら…」。
ですが、やはり男社会の中で苦労したことも。「出産子育てが一番大変でした。前例がなく、一度でも出展を逃したら仕事がなくなる世界。大きなお腹を抱えて足場の上で制作しましたし、骨組みの際のボンドもやめ、経皮吸収の影響を考えて白玉粉を糊がわりに。産んだ後も睡眠不足状態で制作…ハードでした。ただ、母になったからこその感覚や人生の深みは増したように思えて、それは作品にも影響しています」。
ねぶた祭の観光化が進むとともに運営側の担い手の減少化に危機感も。「地元の跳人(ハネト・祭の盛り上げ役)や子どもたちの参加が少なくなっていて…。機械的に参加させても子どもには響きにくく、参加する大人が楽しむ姿を見せるのが一番。それが本当の意味で繫いでいくことじゃないかと。ねぶた制作も一緒。私はねぶた作りが大好きでSNSでそれが伝わっているのか、多くのやる気のあるスタッフが集まっています。技術を伝えるってそういうことなのかも。私自身もそう。うちの父は制作も好きだけれど、ねぶた祭も大好き。本当に羽目を外して楽しんじゃう。それってすごい魅力だと思うんです。自分が尊敬している大人がこんなにも楽しんでいるんだと思ったら、やっぱり好きになりますもんね」。
最後に、北村さんにとってねぶたとは? 「生きる力でもあり人生の喜びですね。このねぶたは、見る人にもパワーを与えます。青森は雪深く冬が長いんです。それを耐えられるのはねぶたがあるから。長い冬が終わり春になるとねぶた作りが始まる。自分の中からグーンとパワーが溢れる瞬間です」。

<編集後記>本気で楽しむ大人は、夢を与える人にもなる
北村さんとお話をする中で、「自分が女だからどうとか関係なく、もうやりたいって気持ちが優ってしまった」という言葉にグッときました。強い思いは道を開くだけでなく環境をも変えていく。誰よりも楽しんでいる姿もかっこいい。子どもに夢は? なんて聞く私は何かを楽しんでいるのかな? 本気で生きているのかな?(ライター 竹永久美子)
撮影/吉澤健太 取材/竹永久美子 撮影協力/青森屋 by 星野リゾート ※情報は2025年7月号掲載時のものです。
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