小島慶子さんは訴え続ける「もう女性アナウンサーを『女子アナ』と呼ばないで」
エッセイスト、メディアパーソナリティの小島慶子さんによる揺らぐ40代たちへ「腹声(はらごえ)」出して送るエール。今回は「ジェンダーギャップ」について。
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小島慶子さん

1972年生まれ。エッセイスト、メディアパーソナリティ。2014〜23年は息子2人と夫はオーストラリア居住、自身は日本で働く日豪往復生活を送る。息子たちが海外の大学に進学し、一昨年から10年ぶりの日本定住生活に。
『あらためて、社会の歪みに気づきたい!』
コツコツ、コツコツ。ヒナが卵の殻を突く音かしら? いいえ、これは慶子の地道な歩みの音。ここ最近、ようやく新たな時代の到来を予感して、世の皆さまにぜひお願いしたいことがあるのです。
「もう、女性アナウンサーを『女子アナ』と呼ばないで」。
いきなりどうでもいい話だな!と思わないで。大真面目なお願いです。「女子アナ」撲滅運動です。
15年ほど前から、地道に訴え続けています。「女子アナ」という呼び名とその言葉が表す役割がなくなれば、日本はもっと暮らしやすい社会になると思うのです。女性アナを女子アナと呼ぶのをやめる。女子アナという言葉が表す役割を女性に求めるのをやめる。端的に言えば「立場が下の人は、立場が上の人を気持ち良くさせるのが務めである。ことに女性は性的な魅力で相手を喜ばせるのが務めである」という日本社会に蔓延する強烈な刷り込みと悪習を根絶しよう! という訴えです。それはまた、知らず知らずのうちに学習した女性蔑視や「女ぎらい」に気づこう、という呼びかけでもあります。
このほど、中居正広氏とフジテレビの事件の第三者委員会がまとめた調査報告書で、社内で女性社員を「喜び組」と呼んでいたことや、宴席への呼び出しやセクハラが常態化し、深刻な性被害が放置されていたことなどが明らかになりました。あなたの職場では、どうでしょう。女性を職場の華として扱っていませんか。そんな扱いを受けた経験はないですか。きっと他人事ではないと思います。
研究によると、皆さんも気軽に使っている「女子アナ」という俗称は、フジテレビで使われていた内輪の呼称が起源だそうです。同社では1980年代にそれまで短期の嘱託や契約社員だった女性アナを正社員採用することになり、女性の活躍の場を広げようと作り出したのが、若手新人女性アナをアイドル化する80年代末の「女子アナブーム」でした(誤った〝女性活躍〟の典型例ですね)。その際に、フジテレビ社内で使っていた「女子アナ」という呼び方が画面で使われ、広まったのだとか。
女子アナの「女子」は、もともとは男性社員たちが若い女性を呼ぶ際の「女子」だったのですね。いわば「飲み会盛り上がらないから女子呼んでこいよー」の「女子」と同じ用法です。それにアナウンサーの短縮形「アナ」をくっつけて、女子アナ。語感を下世話に面白がるノリもあったのかもしれません。他局も追随した「女子アナ」ブームは大人気となり、俗称は職業名として定着しました。
そのブーム末期の95年に局アナになった私は、当初は注目されて嬉しかったものの、やがて「新人女子」が強調される異常さに気づきました。女性アナウンサーは共演者から容姿や年齢を揶揄われ、ときには高飛車な女のキャラ付けをされ、〝いじり〟を上手に盛り上げて返さないとセンスがないと言われる。怒るのは素人だとか〝いじり〟は愛情表現だとか言われても、全然納得いきませんでした。カメラの前だろうと失礼なものは失礼だし、侮辱は侮辱だし、嫌がらせは嫌がらせです。テレビならなんでもありなのか。そんなのおかしいですよね。
80年代から00年代ごろまで、フジテレビをはじめとしたテレビ局や芸能界の、いわゆるギョーカイ内輪ウケがテレビを席巻しました。「女子アナ」は人気コンテンツで、週刊誌やスポーツ新聞にゴシップを書かれ、世間の人々も「女子アナはあざとい」「玉の輿狙い」「優等生ぶってるけどバカで軽薄」「絶対性格悪い」「人に言えない裏がある」など、作られたイメージを割と素直に信じました。「女子アナ」が象徴する女性像には、職場や学校にいる身近な女性のイメージを重ねやすく、女性の一つの典型として人々の頭に刷り込まれます。嫌な男の話より、嫌な女の話の方が盛り上がる。そんな〝娯楽としての嫌な女〟を必要とする社会は、健全ではありません。
同時に「女子アナ」は、もともと日本の職場や地域社会で女性に求められている役割でもあります。男性や目上の人の目を喜ばせ、機嫌をとり、お世話をし、かつ従順な性的存在であるのが女の務め。若い方が価値がある。接待に若い女性社員を連れて行くのはおもてなし。既視感ありありではないでしょうか。男性同士の取引に女性を使うのはやめてほしい。女性活躍は女性を飾り物や捧げ物にすることじゃない。人間として扱うことです。女性が理不尽な扱いを受けず、安心して誇りを持って長く働けるようにすることです。
今回の一件で、これまで仕方がないとされていた日本の労働環境や女性に対する扱いがやっと「こんなのはおかしい、ひどい」と認識されるようになりました。だからどうか皆さんも、もう女性アナを「女子アナ」と呼ばないで。悪気はなくても、誰かに「女子アナ役」を求めないで。コツコツ小島(元「女子アナ」)からの、切なるお願いです。
文/小島慶子 撮影/河内 彩 取材/石川 恵 ※情報は2025年7月号掲載時のものです。
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