『蛇にピアス』から20年、金原ひとみさん(41歳)特別インタビュー「中高年の行く末にはのびしろがある」
今から20年前の2004年、芥川賞が発表されるやいなや瞬く間に世間の話題をさらった金原ひとみさん。当時弱冠20歳にしてデビュー作『蛇にピアス』で芥川賞を受賞し、20歳とは思えないほどの圧倒的な存在感で多くの人に衝撃を与えました。あれから早20年。その後も数々の話題作を生み出し、日本の文学界の第一線を進み続ける金原ひとみさんは現在41歳。最新作『ナチュラルボーンチキン』を“聞く本”として話題のサービス「Audible」ファーストで先行リリースするなど、今なお新たな挑戦を続けています。「中年版君たちはどう生きるか」だと評される最新作のお話から、その中に込められた40代の今を打破するメッセージまで、じっくりお話をうかがいました。
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《Profile》
1983年8月東京都生まれ。デビュー作である『蛇にピアス』で第27回すばる文学賞、第130回芥川賞を受賞。受賞作を掲載した文藝春秋は累計118万部を超え、現在も破られず歴代1位の発行部数を記録。2010年『TRIP TRAP』で織田作之助賞、2012年『マザーズ』でドゥマゴ文学賞、2020年『アタラクシア』で渡辺淳一文学賞、2021年『アンソーシャル ディスタンス』で谷崎潤一郎賞、2022年『ミーツ・ザ・ワールド』で柴田錬三郎賞を受賞するなど、数々の文学賞を受賞。各文学賞の選考委員も務める。他著書に『アッシュベイビー』『持たざる者』『腹を空かせた勇者ども』、エッセイに『パリの砂漠、東京の蜃気楼』などがある。最新作は『ナチュラルボーンチキン』(河出書房新社)。
“人生の見通しが立つ”世代でも、「ふとしたきっかけで風穴ができる、かもよ?」
Audibleという本の朗読を聞くサブスクリプションサービスは知ってはいましたが、実は馴染みがなくて。担当編集の方に「どういう方々が聞かれているんですか?」と聞いたんです。すると、中高年の層が厚いとのことでした。そこでまず思ったのが、なら若者の話というよりは、中高年の比較的人生の見通しが立っている人達のことを書いてみよう、と思ったのがこの小説の出発点です。
“人生の見通しが立つ”ということは、引退や定年を見越してこの先起こりうる事態が想定できてしまうということ。人生の頭打ち、目に見える自分の限界、とも言えるかもしれません。ゆえに、職場での意欲を失ってしまって自分で自分をつまらなくしていく50代の方々が、私の周りにもまあまあいるんです。無抵抗に落ち込んでいくそんな状況から、ふとしたきっかけで風穴ができたり、新しい世界に踏み込めたり、「その先にはこんなことが待っている、かもよ?」という提案としても機能する小説にしたいと思いました。
小説の主人公の浜野は出版社勤務の45歳、現在は独身の女性です。毎日判で押したようにルーティンを守りながら、食生活すら変えずに生活をしています。なぜそのような設定にしたかというと、私の担当編集の方が以前「毎日焼肉のタレで肉と野菜の炒めた物を食べている」と話していて。コロナ禍で1年くらい誰ともごはんを食べに行っていない、とも。“毎日同じ”が耐えられないルーティン恐怖症の私にとっては「そんなことある!?そんな人いるの!?」とビックリしたものの、ルーティンの只中にいる彼女の様子は少しも苦痛そうではなく、むしろ充実感すら感じられました。
さらに、私の今のパートナーもルーティン重視の人。毎日同じこと、同じテンポでの生活なので、付き合いたての時はこれが延々続くのか……と気が遠くなりましたが、見慣れてくると、ルーティンから得られる安定や落ち着きもあるのだと気づき始めたんです。ルーティン恐怖症ではあるものの、そんなに自分を蝕むものでもないな、と。ルーティンの持つ心地良さと弊害を上手く絡めながら、研究するようにキャラクターを作り込んでいきました。
失敗を恐れて今の自分に凝り固まる大人は、若者に対してある種の老害
人は年齢を重ね何らかの役割を担うようになると、はっちゃけたり、道から外れた行動はとりづらくなるものです。企業に属していない私ですらファンキーな部分が年齢や経験とともに失われていく感覚がありますから、職場の役職や環境などの抑圧に晒されている方々は尚のことではないでしょうか。
そんな中「もううんざりだ!ぶち破りたい!」という衝動も同時に湧いてはきますが、道筋はどんどんなくなっていく。経験から予測ができてしまって冒険をしなくなるし、そもそも体力面でキツいし、だからこそ失敗を避けがちになります。ですが失敗を避けて過去や今の自分に凝り固まるのは、若者に対してある種の老害だと思いませんか?私の友人が言っていてハッとしたのが、「面白いことができなくなった人ほど老害になっていく」という言葉。そんなこと考えたこともなかったのですが、中高年の痛いところを突いているなと思います。
コロナ禍を経て、今の世の中は何かがあった時にフレキシブルに生きていける力が重要になっています。これまで求められてきたこととは違うスキルですよね。10代や20代の時ほど自由に柔軟ではいられないことに葛藤しながら、自分をあまり定義しすぎず、なけなしの冒険心を奮い、「このままでいいのか?」と重い腰を上げて一歩を踏み出せば、何かが鮮やかに見え始めるかもしれない。そんな偶然性を人生に持つことができたら、中高年の行く末にはまだまだ伸びしろがあるのではないか、と思っています。
“聞かれる”ことを前提にした執筆は、自分にとっても新鮮な実験の連続
今回の執筆をきっかけに私もAudibleを聴いてみたのですが、想像していたより集中力を使います。ただ聞き流してたら「あれ?今誰のこと言ってるんだっけ?」と迷子になってしまう。なので登場人物のセリフや語り口でキャラの聞き分けができるように工夫しました。なおかつ、音として物語が耳に入ってくるので、会話はカフェで聞こえてくるようなイメージで、テンポよくできるだけ生々しく。
登場人物の名前も、いつもは記号のようにしかとらえていなかったのが、「平木直理(ひらきなおり)」とか、「かさましまさか」とか、音として映えるかなと思って、今回は音重視ですごくこだわったポイントですね。そうした普段とは違うアプローチでのキャラ作りや執筆は新鮮だったし、この小説ならではの描写に活きていると思っています。
撮影/鈴木章太 取材/キッカワ皆樹 編集/浜野彩希
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