小学生ママのバイブル『二月の勝者』作者に聞く「中学受験、過熱の構造」

『二月の勝者-絶対合格の教室-』©高瀬志帆/小学館

中学受験生のママだけでなく、未就学児や低学年ママにも大注目の漫画『二月の勝者』。物語はついに入試本番を迎え最高潮に盛り上がる中、最新刊が2月7日に発売されたばかりの作者・高瀬志帆さんに、作品誕生のきっかけや制作の裏話、作品に込めた想いなど、多岐にわたってお聞きします。このPart1では、過熱する中学受験を取材して感じたこと、作品を通して伝えたい想い、をおうかがいしました。

 

Part 2▶︎中学受験マンガ『二月の勝者』 強烈な<名フレーズ>を作者が語る

Part 3▶︎「2月1日は『スラムダンク』の山王戦」中学受験マンガ『二月の勝者』作者が語る

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過熱する中学受験を取材して感じたこと

——NaVYやVERYの取材で小学生ママとお話しすると、大袈裟ではなく全員と言っていいほど『二月の勝者』を読んでいて、漫画のように熱い受験をしなきゃとか、低学年から塾に行った方がいいんじゃないかと焦るママも多くて、その影響力の大きさに驚かされます。

 

高瀬志帆さん(以下、敬称略):そんなふうに読んでいただいているんですね、ちょっと意外です。

 

——中学受験の表も裏もリアルに描いているだけでなく、親の悩みや葛藤もすごくありのままに表現されているのが共感を集める理由だと思うのですが、ここまで生々しく描けるのはなぜだろうということと、中学受験を題材にしようと思ったきっかけをお聞きしたいです。

 

高瀬:数年前に日経DUALという媒体で中学受験が題材の、原作付きの連載をやらせていただいたのが、中学受験との出会いでした。それまでもなんとなく、遅くまで勉強している子どもがいるな、という認識はありましたが、原作を読んで、「え、こんなことになっていたのか!」というのが最初の印象で。その連載の終了後に、「中学受験」はお仕事漫画として成り立つんじゃないかと思ったんです。医師や教師の漫画はあっても中学受験講師の漫画はないのではないか、と担当編集さんに相談したら、面白そうですね、と言ってくださって。題材が決まってから、『週刊ビッグコミックスピリッツ』の連載というフォーマットに落とし込むために、数年かけて、取材も含めて準備をした感じです。

 

——大学受験を題材にした漫画は今までもありましたが、確かに中学受験というのが新鮮でした。取材をしてみて、率直に今の中学受験にどんな印象をお持ちになりましたか?

 

高瀬:やっぱり親御さんの負荷がすごく大きいですよね。保護者の方たちに取材をすると、自分が受験した頃はもっとゆっくりだったとか、小5から塾に通い始めたとか。あとは塾友ができたりご褒美にシールをもらえたりもっと楽しい感じだったと振り返られます。そういう環境で勉強をして、自分の行きたい学校に行けたとおっしゃる方がすごく多いんですけど、最近はそういう雰囲気が変わってきていて、一部過熱してしまう構造ができているように感じています。それは誰かがどこかで煽っているとか、具体的に何が悪い、とかではなく、おそらく世間や社会のムードが原因なのではと思います。昨今の社会情勢だとどうしても将来が不安になりますよね。そこで大人が子どもにしてあげられることの一つが中学受験なのだとは思いますが、不安が大きくなりすぎて親御さんが追い詰められるとあまりいいことはないように思います。ただ、それも親御さんのせいではなくて、社会全体の雰囲気がそうさせてしまっている気がします。

『二月の勝者-絶対合格の教室-』©高瀬志帆/小学館

作品を通して伝えたい想い

——一般的に中学受験のカリキュラムが始まるのは小3の2月ですが、入塾も年々、低年齢化しています。

 

高瀬:多くの専門家の方からは、低学年の内は、親と一緒にキャンプをしたり旅行をしたり、親子でそういう日々をたっぷり送った上で新小4から塾に入るのが一番理想的だと聞きます。今は早くから席を押さえておかなければならないなどの事情があって仕方がない部分もありますけど、低学年までは親子の時間を大切にしてもらえたらと、個人的にも思いますね。

 

——情報が多すぎて惑わされてしまったり、我が子に合う学校が見つかればいいなと大らかな気持ちで始めたとしても、いつの間にか受験にのめり込んでしまうこともあります。

 

高瀬:視野がどんどん狭くなってしまうという声も多く聞きます。そうならないためにどうしたらいいかという話は、専門家の方たちともよくディスカッションになります。中学受験の渦中にある方が、どういったメカニズムで追い詰められてしまうのかは、実際にその立場になってみないとわからないし、これだという原因をはっきり言語化するのも難しいのですが、漫画を描くにあたって、経験がない方でも疑似体験できるように意識はしています。中学受験を経験していないと「なんだか親が熱くなっちゃって」という印象を持っている方もいると思うんです。親も子どももこういう感じで追い詰められてしまうんだと伝わるように意識して描いています。

 

——あと、中学受験塾が舞台ではありますが、主人公の黒木は無料塾にも関わっていますよね。そちらの展開も気になります。

 

高瀬:無料塾については中学受験のことを知るよりも前から関心があって、情報収集をしていました。経済的な事情で塾に通えない子どもがいて、ほぼボランティアでそういった子たちをサポートしている場があるんだと。一方で、中学受験は額面で見るとすごくお金がかかることではあるけど、ちゃんと調べるとかかるお金にはそれだけの理由があって、受けているものに対してはむしろ妥当な金額という印象を受けました。ただ、それを親御さんが出せる家庭とそうではない家庭の両方があって、それは別世界の出来事ではないんですよね。公立小学校ならクラスに両方の家庭の子が存在するわけで、同じ地域の隣近所に住んでいる子がそういう状況にあるということを切り離して考えることはできませんでした。だから、本作で無料塾について描くのは当たり前の感覚でした。教育業界に警鐘を鳴らす、というような大袈裟なことではないですが、中学受験を題材にした漫画を連載にするならきちんと両方描かなければいけないと思いました。

『二月の勝者-絶対合格の教室-』©高瀬志帆/小学館

中学受験をサポートする親へのメッセージ

——客観的に中学受験業界をご覧になって、中学受験をサポートする保護者に対してこうあってほしいという想いがあればお聞きしたいです。

 

高瀬:みなさん、お子さんのためにすごく頑張っていらっしゃるので、私がこうあってほしいと願うなんておこがましいですし、こうなってほしいと言える立場でもないと思っています。唯一言えるとしたら、みなさん本当に頑張っていらっしゃるので、ご自身もお子さんも頑張ったんだなと認めてあげてほしいです。あとは、綺麗事になってしまいますが、親子で一緒に何かを成し遂げるプロジェクトとしては、中学受験はおそらく最後の機会になるので、やって良かったと思ってもらえたらと。長い受験生活の過程でお子さんとぶつかり合って、あんなことを言っちゃったということもあると思いますが、受験を終えた時にお子さんが自分にとっていい経験だったと思えるようにしてほしいです。結果によっては親御さんが後悔してしまうこともあるかもしれませんが、どんな結果だろうと失敗なんて絶対にないので。漫画を通してそのメッセージが伝わればいいなと思います。

◉高瀬志帆さんProfile
1995年漫画家デビュー。2017年12月より小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』にて連載を開始した『二月の勝者 -絶対合格の教室-』は好評を博し、2021年10月には実写ドラマ化。2022年には第67回小学館漫画賞一般向け部門を受賞。その他の代表作に『おとりよせ王子 飯田好実』(コミックゼノン/徳間書店)など。趣味は散歩と音楽。Twitterアカウント:@hoshi1221

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取材・文/宇野安紀子 編集/羽城麻子