金原ひとみさんが考える10年後(後編)――揺らぎ続けて変化を受け入れる。柔軟さをなくしてしまったら、もう死んでいるも同然です

40代になると、心の揺らぎとともに、将来に対してさまざまなモヤモヤが襲ってくる――。今回は、まさにこれから40を迎える女性に将来のイメージを聞きました。コロナ禍を経た人間関係、夫婦のあり方、信じたいこと、信じられないこと、それでも続けていきたいこと……金原ひとみさんの言葉からは、普段、私たちが当たり前だと思っていたことを、もう一度、見直したくなるようなメッセージが伝わってきます。

金原ひとみさんが考える10年後(中編)――明日もわからないのに、10年後はイメージできない。浮遊する感覚を捨てないでいたい。

金原ひとみさん

小説家。1983年、東京都出身。 『蛇にピアス』で2003年第27 回すばる文学賞、2004年同作で第130回芥川賞受賞。2021年『アンソーシャル ディスタンス』で第57回谷崎潤一郎賞受賞。近著に『ミーツ・ザ・ワールド』、『デクリネゾン』。2児の母。

四十が近くなり、体の変化も感じます。
年々気圧に弱くなっています。少し年上の人の話を聞くと、皆老眼になっていたり閉経していたり、更年期障害に悩んでいたり、周囲に重い病気に罹る人も増えてきました。劇的な変化はまだ感じませんが、小説家には福利厚生もありませんし、体の変化には敏感でいようと努めています。もちろん、その意識が小説にも結びつくかもしれないという思いもありますが。
去年コロナに罹ったのですが、あらゆる症状を総ナメにして、ブレインフォグも体験しました。本当に、思考力、集中力がすぐに散ってしまうんです。コロナ中、小説の素材になるかもしれないと日記を書いていたのですが、書き始めて一時間もすると自分が何を書いているのかわからなくなって、ふらふらして倒れるように眠ってしまう。そんな状態が数日続き、もう小説家としてやっていけないのではないかと、数日だけでしたがとてつもない恐怖に襲われました。これもまた、「当たり前が当たり前でなくなる」体験でした。

先のことはいろいろと不明瞭ですが、10年後も書くことだけは続けているだろうと思います。私は書くことで自分を守ってきた人間なので、書かなければ傷を負い続け、ビリビリのぼろ雑巾のようになるのではないかと思います。まあ書いていても汚れた雑巾くらいの気分ではあるんですが。

年々、時代の変化は激しくなっていて、当たり前のように行われていたことが、時代の移り変わりによって変化しています。例えば、昔は普通に行われていた体罰なんて、今はとんでもないことです。
ジェンダー問題に関してもそう。昔は気にならなかったことが、今になって思い出されて苦しくなったり、自分を責めることもあります。この時代の変化と連動して個人の変化が生じていく現象はとても興味深く、最近そのテーマで連載を始めたところです。
私たちの世代は今、上の世代と下の世代と、密接に繋がっています。まあまあ古い世界も見てきていて、現在も知っていて、新しい世代が築いていくであろう未来も多少想像できる。その中間の世代として、過去の罪や惨状を後の人に伝えていく必要があるのではないかと感じました。

この10年でデバイスも増えました。これからもあらゆるものが登場し続けるでしょうし、それによって私たちの価値観は大部分が覆されてしまうかもしれません。
少し前に読んだ韓国のSF短編集に、「人間が肉を食べていたなんて信じられない……」という近未来人の台詞が出てくるのですが、確かに動物愛護の観点から〈食という概念も大きく変わってゆくのかもしれない〉と想像しました。
人間とは、生活とは、という根本的なところからひっくり返る可能性もありますし、そもそも数百年前の人々が今を生きる人間を見て、同じ人間とは思えないのではないか、とも考えます。

恋愛に関しても、時代とともに恋愛離れが進んできて、恋愛を介在しない人間関係が多くなってきたのを実感しています。私はずっと消えてしまいたいと思いながら幼少時代を過ごしていて、読書と恋愛によって少しずつ生きることを受け入れられるようになってきたという経緯があったので、恋愛のない人生を想像することがあまりできなかったのですが、ここ十年くらいでようやく恋愛に依存せず、フラットな人間関係を築くことができるようになりました。それは時代と、私自身の変化によって生まれた幸福なマリアージュだと思います。

基本的に、執着心はなければないほど良いと思います。
時代も人も移ろい続けるものと、割り切ることが重要なのだと最近痛感します。こうでなければと固定観念や理想に囚われすぎてしまうと、変化を受け入れることも、自分自身が変化していくこともできなくなってしまいます。自分も他人も時代も、同じところに居続けることはできず、価値観は常に社会の中でも自分の中でも揺らぎ続けています。もちろん芯があることもいいことだとは思いますし、揺らがないということの安心感も時には必要かもしれませんが、柔軟さをなくしてしまったら、もう死んでいるも同然です。

10年後の私と言われても、何が起こるかはわからないので明確なビジョンは浮かびませんが、これからの10年をしっかり吸収して、その分しっかり変化できていればいいなとは思います。

撮影/吉澤健太 取材/竹永久美子

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