【エッセイ】旅の断片

30万キロを走った我が家の車に深い感謝とお疲れさまの挨拶をして、新しい相棒の車を走らせ家族と春の旅に出ることにした。南へ行こう。山に上る太陽を探して出発する。

旅はいつもその土地に吹く風を感じさせてくれます。

当てもなくそんな時間を過ごすことはきっと、とても人間らしいこと。

ふと目に映った風景、植物、……その瞬間にぱたっと、扉が開き何処かに続く。

旅の中で拾い集めたその土地の空気、インスピレションの綴りです。

 

山とふもとの小屋 

南へ車を走らせ8時間、夕日に染まるオレンジ色の岩山が目の前に突然現れた。岸壁のように立ちはだかる山岳。その壁がストン、と落ちたような場所に吸い込まれるように向かうと、黄色や青の野草に取り囲まれた小さな小屋が裏山を背にして立っていた。

 

 

春の涼やかな少し湿った緑の匂い。虫の声が小さく聞こえる。山の夜が近くまで来ていた。

木漏れ日と一緒に始まる朝。小屋の前にある木のテーブルにパンと淹れ立てのコヒーを運び出す。« 緑 » にはいろんな匂いがある。森から流れ出す匂い、海岸沿いの木々からする匂い。今は昨日の夜とはまた違うほんわりと静かな緑の匂いがしている。山の緑の気配が鳥の鳴き声と一緒に、いつもと違う自分の中を通り過ぎた。昨日遠くに見えたごつごつとしたあの高い山の上はどんな匂いがするのだろう。

Pas du loup (狼の足跡) と言う峰を目指してサンドイッチを作り家族と歩きだす。緑のトンネル、見たことのない山の野草、つまずく足、急斜面を昇る度に落ちる歩調、高まる心臓の鼓動、ひとりぼっち、照り付ける太陽。そんな自分の側に昨日まで知らなかったその山の地肌の匂いや植物を感じる。

 

山を登り山を下りる。自分の足だけを頼りにし、くたくたになった一日が終わるとふもとの小屋がぽつんと待っていてくれた。周りには相変わらず野草が不揃いに咲いている。

夕方。シャワーを浴びて少し花を摘んでグラスに活ける。

 

裏山からひんやりした空気が流れてくる。

青い夜がそろそろ又、山に向かい歩き出した。

 

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/

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