【中学受験㉟】きっと誰もが金メダル
北京オリンピックでのトップアスリートたちの熱戦が記憶に新しいところですが、この1月・2月はある意味、小さなアスリートとも言える中学受験生たちの戦いでもありました。
オリンピック選手のひたむきなプレーは勝敗を超えた感動をも人々に与えるものですが、それは彼らの尋常ではない日々の努力とプレッシャーに打ち勝とうとする心に対して、惜しみない賛辞を送りたくなるという心理が働くという理由もあるかと思います。
中学受験はもちろん世界一を競うものではありませんが、小さな体で自分なりのメダルを目指し、努力してきた姿には、やはり心打たれるものがあります。
我が子の中学受験を経験した親御さんにとっては、(メディアが騒ぐ)2月1日は何年経っても“特別な日”となっていることでしょう。
例えば、天気予報が「快晴」を示すだけで、関係者でもないのに安堵の気持ちになっていたり、駅のホームでそれらしき親子を見かけた際には、その見知らぬ子の背中に、心の中で「頑張れ!」のエールを送っているという話も本当によく聞くところです。
中学受験を卒業した親にとっての2月1日は、戦いの場に挑もうとする見知らぬ子に「我が子のその日」を重ね合わせて、子どもと一緒に懸命に駆け抜けていった自分を甘酸っぱく思い返す日でもあると思うんですね。
今年も各ご家庭で様々なドラマが展開されたことでしょう。先日、受験を終えたばかりのあるお母さんが、今の心境を教えてくれました。
息子には恋焦がれた学校がありました。しかし、結果は残念ながら・・・。3年生から、その学校に憧れ続け、4年間、頑張ってきたのですが、残念ながら女神は微笑んではくれませんでした。1日の夜、その学校に振られたことが分かると、息子は自室に籠って、泣いているようでした。私は、何て声をかけていいやらも分からずオロオロするばかり。でも、1時間くらい経った頃でしょうか、息子が部屋から出て来て、こう言ったんです。
『もう、泣かないよ!まだ、俺(の受験)は終わってないから!』
その目を見て驚きました。息子はどちらかと言えば泣き虫の方でしたので、どこにそんな力があったのかと思うほど、力強い目をしていたからです。2日、3日と併願校にしていた学校の合格は何とか確保できたのですが、やはり3年生から4年間、その学校に入りたい一心で頑張ってきたので、母としては、第一志望校の扉が開いて欲しいという思いだけでした。
息子は2日からは連日、受験終了後の足のまま塾に行き、先生と第一志望校の対策をしていたようです。4日、第一志望校の2回目入試。つまり、最後のチャンスです。その時の私は『息子を無事に校門まで送り届けることだけが私に課された任務』とだけ考えていました。『この子を守らなきゃ・・・』って思ったんです。
1日夜の『泣かない』宣言にも驚かされたのですが、その時も何だか不思議な感慨がありました。校舎に吸い込まれていく息子の背中が、すごく大きく見えたんです・・・。『何よ、私がいなくても、大丈夫じゃん・・・』って泣きそうになったことを覚えています。
その日の夜に合否が出たんですが、お伝えしたように残念な結果でした。涙を見せない息子に私は言ったんです。『悔しいね・・・。泣いていいんだよ、無理しないでいいんだよ』と。
でも、息子はこう言いました。『1回目よりは遥かに感触は良かったんだけどな・・・。今までやった過去問のどの回より手応えは感じたし・・・。そっか、ダメだったか・・・。でも、これ以上は出来ないってくらい頑張れたから・・・俺、胸張って、〇学園に行くわ。お父さん、お母さん、今まで、支えてくれて、ありがとう』
私はもう、その言葉で胸が一杯になってしまい、更に、隣にいた主人が目に涙を浮かべながら『よく頑張った』と息子を褒めたので、私の涙腺は決壊でした。
息子は翌日から小学校に復帰し、今は友だちと遊ぶことが楽しくてたまらないみたいです。
りんこさん、子どもってすごいですね。『やれるだけのことはやった』と思えたら、過去は振り返らず、未来に目を向けられるんですね。この子は、いつの間に、こんなに強くなったんだろうって思うと、また泣けてきます。
正直、今も、私だけが第一志望校に未練タラタラで、繰り上げこないかなって思っているんです。往生際が悪い自分に心底、ウンザリしているところですが、私も息子を見習って、少しずつ前を向いていきますから、見守っていてくださいね。
私は、もうカレコレ20年以上、中学受験の悲喜コモゴモを経験者の方々に教えて頂いていますので、誰しもが諸手を挙げて「素晴らしかった!」というものではないことも承知しています。
ただ、思うのは、「これ以上は出来なかった」と思えるほどの熱情を込められる何かがある人生は悪くないなぁ・・・ってことです。中学受験もその中に入るのかもしれませんね。
結果は分からない。でも、何かの目標を持ち、それに向かって紆余曲折しながらも、懸命に足掻いた日々の先には、必ず「成長」というものが待っているような気がします。中学受験は、頑張ってきた子ども本人はもちろん、親にとっても沢山の“気付き”をもたらすものなのでしょう。時に私たちは「親業とは、なんと苦しく悩ましいものか」と思いながらの子育てですが、中学受験という選択もそのひとつ。
結果がどうであれ、受験を頑張った子どもたちと、それを支えた親御さんすべての心にメダルが輝いていますように。ご卒業、お入学おめでとうございます。あなたが頑張って育ててきたお子さんは、春から中学生ですね。
鳥居りんこ・・・作家、教育・介護ジャーナリスト
2003年、長男との中学受験体験を赤裸々に綴った初の著書「偏差値30からの中学受験合格記」(学研)がベストセラーとなり注目を集める。
その後シリーズ化され、悩める保護者から“中学受験のバイブル”と評され、中学受験を辛かった思い出ではなく、子どもとの絆を感じられ、子育てが楽しくなる内容に、心救われ涙する保護者が続出しました。
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構成/加藤景子 イラスト/村澤綾香