【中学受験㉞】冷静な人が最後に勝つと思いました
中学受験人口は、コロナ禍にもかかわらず8年連続で増加となりました。今年も各ご家庭で様々なドラマが繰り広げられたことでしょう。筆者はかれこれもう20年以上、“中学受験”の悲喜こもごもを当事者のママたちから教えてもらっておりますが、毎年、様々な人生における大切な気付きを与えていただけるので、逆にありがたく思っております。
この国の子育ては時に厳しく、“母業”は決して楽とは言えませんが、そんな中でも、母たちは「我が子の人生に幸多かれ」という祈りにも似た気持ちで懸命に子育てをしているんですよね。「中学受験」もそのひとつにしか過ぎませんが、私にとっては、合否を越えて「りんこさん、我が家の受験は“いい受験”になったよ!」という“ご報告”が何より嬉しい瞬間です。
今年も「お陰様で“いい受験”になりました」という声を頂いたので、今回はその物語のひとつをお届けしたいと思います。
翔真君(仮名)には小学校低学年から憧れていた学校、A学園がありました。A学園は自由な校風の中で、生徒たちが互いに切磋琢磨する文武両道校として名が通っている中高一貫校ですが、難易度も高い、いわゆるトップ校に当たります。
翔真君の受験生活もご多分に漏れず、紆余曲折がありました。成績が上がらず“転塾”もしましたし、受験生活に疲れて、体調を崩すという経験もしました。翔真君の母である由美子さん(仮名)は、ハラハラしながらも、見守るしかなかったそうです。
由美子さんが「辛いなら、受験をやめたっていいんだよ」と声をかけても、翔真君が「絶対にやめない!」と返すので、いつしか「翔真が頑張りたいと言う限りは、私も懸命にサポートしよう」と腹を括ったと言います。
そんな中、いよいよ受験本番がきました。
翔真君は最初に受けた「余裕で受かるはずのB中学」を4点差で落とします。大ピンチの滑り出し。続けて受けたC中学では合格を取りましたが、それは「特待C」という位置付での「合格」。例年どおりならば、A中学の合格確率は25%と予測されるランクでの合格だったそうです。
翔真君は泣きじゃくり「もう受験はしない」と酷く落ち込んでいたといいます。その後の一週間は、親子で地獄のような気持ちで過ごしたそうですが、由美子さんは徐々に「A中学の受験まで辿り着かせることが親の務め!」と思い直し、勉強のペースを半分に落とし、睡眠をタップリ取らせるなどをして翔真君の気力回復に努めたといいます。
そして、ついにA中学の入試日が来ました。会場の出口付近でその終了を待っていた由美子さん。無事に翔真君と合流しますが、その親指に絆創膏が張られているのに気付いたそうです。「どうしたの?」と聞くと、理科の試験の途中、テスト用紙で指を切ったとの事でした。試験監督の先生に手を挙げて許可をもらい、バッグの中の絆創膏を探すも見つけられず。先生がお手伝いのA中学の生徒に指示を出し、保健室から絆創膏を持ってきてくれたそうです。無事に絆創膏を貼れたのはよかったですが、その時、既に残り時間は20分。翔真君は「ママ~!!」と泣きそうになったといいます。
しかし、翔真君はここから驚異のリカバリー力を見せます。学校説明会でA中の生徒さんが言っていた「冷静な人が最後に勝つと思いました」という言葉を思い出したそうです。
他にも、由美子さんが夫に(翔真君の父親)に不安そうに「受かると思う?」と聞いた際に「翔真ならやってくれると思うよ。あいつガッツあるから!」と言った言葉も蘇ってきたといいます。
残り20分の時には大問が3つも残っていて、絶望的な状態。でも、そこで翔真君は「泣いてる場合じゃない!頑張ろう!」と気持ちを奮い立たせ、残り1分で最後の問題を解き終わった時には、全部解けたことに、また泣きそうになったそうです。
由美子さんはこう証言します。「実は、学校説明会でのA中の生徒さんの言葉。私にとっても、すごく心に残る言葉でして、その言葉をリビングの壁に貼っていたんです。翔真も幾度となく、目にしている言葉なので、覚えていたんだと思います」
受験結果は見事に合格。制服採寸日を心待ちにしているとのことです。
ちなみに、翔真君は「絶対に解答用紙に血は付けないように頑張った!」そう。絆創膏騒ぎでドタバタしている時に試験監督の先生に「ごめんなさい。僕、迷惑かけてますよね・・・」と言ったら、先生が「大丈夫だよ」と優しく言ってくれたと聞きました。
翔真君も来年の入試の際には「お手伝い」の生徒に立候補して、受験生を支える側に回るのでしょう。
入試本番当日だけを見ても、その物語は受験生の数だけ紡がれます。言えるのは、その全員に「目の前の壁」に果敢に挑戦したという事実があるということ。今年も、そのひとりひとりが「合否」を越えた人生の「宝物」を手にしたことでしょう。
鳥居りんこ・・・作家、教育・介護ジャーナリスト
2003年、長男との中学受験体験を赤裸々に綴った初の著書「偏差値30からの中学受験合格記」(学研)がベストセラーとなり注目を集める。
その後シリーズ化され、悩める保護者から“中学受験のバイブル”と評され、中学受験を辛かった思い出ではなく、子どもとの絆を感じられ、子育てが楽しくなる内容に、心救われ涙する保護者が続出しました。
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構成/加藤景子 イラスト/村澤綾香