【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす(61)緑の匂い。

クインクイン 、と犬の声が聞こえた。

そろそろ散歩に出かけよう、と彼のアピ-ルが始まる。お待ちかねの朝の散歩の合図はタイミングがずれるとワンワン、に変わり最後には片手で招き猫のように大きなガラス戸をこつんこつん、とたたき出す。なるべく早めに出ていければいいのだが、なにぶん人間にも都合があり、なかなかそうもいかない。お待たせ!犬の待つガラス戸をがらっと開ける。座り込んで待っている犬の横に、昨日の夜に掛けた毛布代わりの古いセ-タ-がいつものように、あっけらかんと散らかっていた。

-1°C5°C

この所、外の温度計はこんな数字を行ったり来たりしている。寒さに慣れたのか、それとも晴れた今日の空のおかげか、外に出ても特に寒いと感じない。犬も同感!と言うばかりに、枯葉がちらがった庭を熱心に嗅ぎながら、長いしっぽをアンテナのようにぴんと上に向け歩き回る。

モノト-ンの庭の風景、地面を覆う茶色と、芝生の緑が目の前に続く。犬の嗅ぐ先をなんとなく見ていると、みどりの葉が目を引いた。見事なオオバコの葉。くっきりと浮き出るように描かれた葉脈が美しい。久しぶりに見たその不思議な冬の花をしばらく見続ける。

 

犬は何を探しているのだろう。こんなに何もない冬の庭でも、誰もが心弾む春の日差しの庭でも、いつも鼻を地面につけ植物の間を徘徊し、そして突如立ち止まったかと思うと、遠くにある麦畑の後の大地や眩い黄色の菜の花畑を眺めている。犬につれられるように歩く自分もしかり、庭に出ればついつい犬の隣で当てもなく同じようなことをしている。お互いの興味の先は違うけれども、自然の中を歩く時間は犬にも自分にも、なくてはならないもので、楽しみという本能で結ばれている同志みたいなものなのかもしれない。

 

庭の匂いはそれぞれの季節で大きく変わる。今日の匂いは緑の匂い。水分をたっぷり吸い込んだでこぼこした芝生の上を歩いていると、何処かしらかそんな香りが漂って来た。実をつけだしたリエ-ル()や常緑樹の葉。青紫の小さな花がつき蔦のように伸びる野草の葉。5月の新緑の季節とはまた違う、ひっそりとした、内気でどこか親密な緑の匂いが混ざり合っている感じだ。

奇妙な美しさの立ち枯れたアスタ。秋にはきれいなピンクの実をつけていたシンフォリカルポスも、小さな実がぽつんぽつんと残っている 。緑の匂いの中で浮遊しているような植物に混り小さく聞こえる鳥の声を聴いた。

裏庭に思いがけなくスノ-ドロップの白い花を見つけた。

回りにはやっと芽が出たばかりのものがちらほら見える。

せっかちな3つの小さな花。

緑の匂いをかぎながら冬の終わりを告げる仲間を待っている。

 

 

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/

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