【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす⑯森の時間
霜が降りる白い朝が続く。
待ち合わせをしたかのように12月が始まった。
青い空ときりっとした空気、今日の朝は背筋が伸びるような気がする。
寒さが好きな犬も前足を伸ばした後、すこぶる元気に家を飛び出した。
池のあたりまで来るとノイバラのしげみに雀が楽しそうに飛び移っているのが見えた。おしゃべりな雀たちはいつもここで必ず赤い実を盛んについばんでいる。
冬の風景。
毎年、雀がこんな私を眺めているに違いない。
犬に連れられて馬のいる牧草地へ向かう。
その向かい側に大きな木がある。
季節を通し毎日と言っていい程この木の前で立ち止まる。
池の主のような存在だ。馬がゆっくりとこちらに歩み寄ってくるのが見えた。
この馬はいつもそうだ。こうして柵まで辿り着くとその細長い顔を下におろし、柵越しに足元にいる犬の匂いを嗅ぎお互いに挨拶をする。
犬の毛は寒さに合わせ生え変わり、ふさふさとしてきている。
馬も冬着をつける季節、そんなことを確かめ合っているのだろうか。
アトリエに立ち寄ると建物の前に大きな切り株が置いてあった。
何処にあった木だろう。覗き込むと幾層にも巻く年輪が見えた。
木の年輪は一年に一筋ずつ増える。白い部分は幹の成長が盛んな時期の春に作られ、成長がゆっくりの夏期からは色の濃い部分になり、それが濃い線となり刻まれるらしい。その輪は無数にあるように感じられた。
手のひらで表面を触ってみる。
刻まれた輪を見ていると暖かい波の音を聞いているような気がした。
目の前にある切り株の中には、きっと自分の知らない時間と空気が秘められている。
数々の年月の中で大波や小波が押し寄せ木は成長をしたに違いない。
何ごともテンポが遅い自分の、これまでの人生の年輪の模様を想像してみた。
突然、腕が引っ張られる。
野ウサギが目の前を大急ぎで走っていく。
そんなことを妄想している暇があるなら前に進め、とばかりに、犬はその方向へぐいぐいと全身で進もうとした。
綱を持つ手が一瞬開きそうになった。
深い黄銅色に染まった森が遠くに見える。
キノコ狩りや栗拾いの季節が終わり、森の中を歩く人もなく、きっと静かだろう。
降り積もった枯葉の上をガサガサ歩く音や苔、その葉の下で生きている青く黒いコガネムシ。そしてそこで木々の年輪はゆっくりと密な時間を刻んでいるのだろう。
眠りこけたような冬の森時間に入り込み、ただひたすら前を見て歩きたくなった。
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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/