【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす⑪待つ時間。
窓から入る朝陽で目が覚めた。
昨日の朝、壁にかかっている丸い時計を取り外し針を一時間後らした。
夏時間から冬時間に変わる、時間が一歩後ろに下がる不思議な日だ。
午前8時。
いつもならこの時間はまだ、ほのかに暗かったことを思い出す。
久しぶりの晴れの日、しかし気温は低い。
窓の硝子につく朝の水滴で外の植物がぼやけて見える。
ほんの少しだけ何かがずれたような感覚は、時間の変化のせいなのか、水滴が外の世界を歪ましているせいなのだろうか。
午後からは仕事の予定が入っている。それを待ちながらこれから何をしようか、と庭を歩きながら考えた。
桜の木が突然目に入る。
春の妖艶な桃色の花はもちろん今はなく、代わりに色とりどりに紅葉した鮮やかな葉が宝石箱をひっくり返したように地面を覆っていた。
冬時間に変わる頃、秋はアクセルを踏み込み、勢いよく走り進んでいく。
明日になればもう遅い、今日にしかできないことをしよう、と心の中でつぶやく。
スノードロップとヒヤシンスの球根を取り出した。
« 私の小さな庭 »を広げる為に芝生の部分を耕した場所、そに植えることにした。
球根の中には全てがある。
芽を出し花を咲かせる為に必要なものが、ぎゅっと詰まっているのだ。そしてその花は寒さを知ることなしでは咲かない。冬が来る前に土の中に入れてあげなければならないのだ。
スノードロップ、咲いていることなど誰も気に留めないほどの小さな背丈のこの花は、新しい年を迎えしばらくすると姿を現す。まだまだ寒い時期だ。
そしてある日、ふと、この白い花が咲いていることに気が付く時、ランプに火がともる瞬間のように心がぽっと明るくなる。
春の予感。
冬の終わりが近ずき春の時間へのバトンタッチが知らない間に確実にされていることに気が付く。
球根を手に取りそのざらざらした感触を確かめ、耕したばかりのまだ真っ新な土の上に一つずつを置く。それは時間という玉手箱の中に春になれば味わうであろう喜びを詰め込んでいるようでもある。ここに球根を植えたことなどすっかり忘れた頃に、必ず花が咲き春を呼び起こしてくれるだろう。
まだ雪が自分の色がなかった頃、色を分けてくれと花ばなに頼んだが唯一それに応じたのがスノードロップだった、そういう伝説がドイツにはあるらしい。
待つこと。
雪に白をあげた花を待つのは、何とも楽しい。
午後6時。
日が暮れて外は薄暗い。
そろそろ薪スト-ブに火をつけ夜を待とう。
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文・西田啓子/ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/