中学受験の母の悩みを解決「パパ主導の勉強、不安になって」
Sさんの場合
【家族構成】
夫、息子(小6)
【今回相談する子供の年齢】
息子(小2の7月からSAPIXに、小3春から算数塾にも通塾)
コロナ禍なのはもちろんですが、親がフルタイムの共働きで夏休みがないので、抜け漏れが多いことも。小6夏前の模試の結果が悪く、家庭教師をつけたほうがいいのか悩んでいます。また、主に夫が子どもの中学受験を取り仕切っているのですが、すぐ「バカだ、アホだ」と言うので決して自己肯定感を高めるような感じにはなっていません。教育としてどうなのか不安です。また、このタイミングになって今まで受験に対して私があまり関わっていないということも気になってきました。
S:昨日サピックスの志望校判定テストの結果が出て、初めて偏差値30台になっちゃいました。算数は割とできるほうで、これまでは偏差値55から60弱をうろうろしてたんですけど、今回は100点満点で十数点しかとれませんでした。さすがに本人もショックだったみたいです。これが続いちゃうと嫌だなと。
おおた:もう原因分析はしましたか?
S:それは夫がやってくれました。算数だけ先取りの塾にも通っているので、そこの先生にわからない問題を聞いて。メールで回答をいただいたから、明日あたり復習しようかなっていう感じですけど、私はノータッチです。
おおた:その役割分担はご夫婦で決めたんですか?
S:私が子育てにあまり向いてなくて(笑)。人に何かを根気よく教えるのが得意じゃないんだなって気づいて。もちろん子どもへの愛情はあるけど、自分のことを犠牲にして子どもに時間を割くってことができないんですよ、私。「もういいよ、勝手にやって」ってすぐ投げ出しちゃう。そこで夫のほうが忍耐強いのか、面倒見がいいのか、私がやるよりもいいなってなって。
おおた:スレテオタイプな「母親像」にとらわれないかっこいいお母さんですね。お父さんは、お母さんと息子さんの関係を息子さんが小さい頃から見ていて、「これ、俺の役割だよね」って思ったんでしょうね。
S:夫は理系なので国語は苦手で、だから「国語は見てよ」って言われます。結果、国語の偏差値が一番低いんです(笑)。たまにテストの復習は一緒にやりますけど、一カ月に一度くらい。でも、難しいですよね。文章題とか、登場人物の気持ちを選ぶにしろ記述にしろ、私の考え方を教えても、小学校6年生の男の子がそこまで読み解くのって難しいなと思ってしまうんです。解説はできるけど、いきなり精神年齢が上がるわけじゃないから解けるようになるわけではない。知識的なところでできる問題は落とさないようにしようとか、記述問題はとりあえず埋めようねっていう話をしていたら、最近ようやく文章題のほうがとれるようになりました。
「勉強を見るにも限界があって……」っていうのは正しい実感だと思います。それが自覚できていることがすばらしい。
おおた:これ、言っちゃっていいのかどうかわからないのですが、「国語を教えてあげて」ってお父さんが言うのは、お母さんを蚊帳の外にしちゃいけないっていう思いやりかもしれないとも感じます。
S:気を使われてる!(笑)前に子どもと喧嘩した時に「だって、ママは何も教えてくれないじゃん!」って言われたことあります。
おおた:一方で、「勉強を見るにも限界があって……」っていうのは正しい実感だと思います。それが自覚できていることがすばらしい。
S:みんな、そんなに見てるんですかね? うちの子は割と言われたことはやるタイプなんで助かってはいるんですよ。とはいえ1日何時間もプレッシャーに耐えながらっていうのは、まだ酷な年なんだろうなぁって心配になっちゃいます。
おおた:お母さんが、お子さんの気持ちを摑んでいるのは、お子さんにとってはものすごい安心になっていると思います。勉強が特別に得意なタイプじゃないのかもしれませんけど、これはやらなきゃいけないなって本能的に理解している、賢い子なんだと思いますよ。そんな中で今回ショックを受けたのは、すごいいい勉強になるんじゃないですかね。その点、お母さんがこれだけ肝が据わっているなら安心です。で、悩みって何なんでしたっけ?
S:夫の言葉が本当に悪くて。「早くやれよ! バカ! アホ!」って、小さい頃からそんなタイプ。私も言葉が悪いんですけど。
おおた:まぁ、確かに(笑)。
S:私も言っちゃうから、子どもの自己肯定感は下がっている気はします。そういう言い方は自己肯定感を下げるとか聞くと、その日だけは気をつけるけど、無理で。息子も結構「うるせえ!」とか言い返すようになってしまいました。でも心のどこかに傷はあるのかもって(笑)。
おおた:確かに、バカとかアホとかって冗談だってわかっていても、言葉の刷り込みってある。自己肯定感が下がったり、何かの拍子に「俺ってバカなんだ」って思うことが弱点になったりするから、本当は言わないほうがいいんだろうと思います。まあ、東京弁みたいな感じで言っちゃったりするのは、会話の一部ではあるとも思いますけど。11年間そういう言葉のシャワーを浴びてるわけじゃないですか。お母さんから話を聞いている限りでは、深く傷ついているとか自己肯定感が下がっているとかいう状況じゃないようには感じますけど、本人も気づかないところで自己認識ができちゃっている可能性はある。そこで、その状況をいまからプラスに転じる方法を考えるのであれば、これまでいつも「なんだよ、おまえ、バカ!」って言ってたお父さんが、同じ口調で「おまえ、最高だな!」ってポジティブな表現を言い出したら、すごい効果があるかもしれない。言葉をちょっと変えるだけで、それがわざとらしくならないようにね。普段言わない分、同じ口調でポジティブなことを言えたら、すごい励ましになるかなって思います。
S:へー(流し気味)。さっきの算数の話に戻るんですけど、算数が苦手じゃないっていうのは、実は息子の支えになっているように思うんです。サッカーをやってたんですけど、サッカーはからっきしだめでした。「でも、俺は算数ができるから」みたいなのを、口には出さなくても節々に感じることはあって。だから、今回のことで昨日も結果を見て悔し泣きしてたんですけど、私たちが思っている以上に傷ついているかもしれない。
おおた:悔し泣きもしているってことは、ここを乗り越えられれば糧になるチャンスだと思うので、どこで取りこぼしてしまってこんなに点数が下がったのかをしっかり分析してあげられるといいですね。ただ単に落ちちゃったねだと子どもは不安だから。その点、算数専門の先生もついているなら頼りになる。じゃあこういう対策をとればいいよねっていう方針さえ決まれば、また頑張れると思う。
S:本番じゃなくてよかったなって思うし。
おおた:そうですね。これから本当の中学受験生になっていくという意味では、今回がいいタイミングだったと思いますよ。
S:今年は本当にどうなるかわからないですしね。これでまた冬にコロナが流行ったら、どうなるかわからないし。
おおた:「入試できないから、サピックスの平均偏差値で選抜します」っていうことになったりしてね(笑)。
S:だめだめだめ(笑)! 合格判定も何パーセントって出るじゃないですか。70%、60%、30%って、どんどん可能性が落ちちゃってきてるから、次にテストを受ける時がすごく怖いだろうなって。私がもしそうだったら、すごく怖いから。
おおた:お母さんは教えるのが苦手っていいながら、子どもの気持ちにすっと寄り添えているのがすごくいいですよね。
S:こんな時って、どういう風に声をかければいいですか?
おおた:言葉はいらないんですよ。好きなケーキでも買ってきて、「一緒に食べよう」で十分。
S:なんだか幼くて。いまだにぬいぐるみと一緒に寝てるんです。勉強する時も近くに置いたり。休憩しようっていう時も一緒にぬいぐるみとゴロゴロしてるし。外には持っていかないし、友達にも話さないんですけどね。
おおた:まだ子どもなんだよねぇ。今回のことで、お父さんはどんな声かけをしていたんですか?
S:今までは「なんでこんなの間違えたの!?」って感じだったけど、今回は本当に本人が落ちてて、だから言えなくて。「こういうこともあるから怖いね」としか言えなかったみたい。
おおた:今回の対応はそれでいいと思いますよ。
S:夫もそこまで教育熱心にずっと教えているタイプじゃないので。逆にもうちょっと親が関わらなきゃいけないのかなっていう焦りは若干あります。勉強だけじゃなくて全般的に。サッカーでも、すべての試合の応援に行くのが当たり前みたいなご家庭がまわりに多いので。
おおた:Sさんのご家族はそのままの中学受験でいいと僕は思うし、今の世間一般の中学受験は親が関わりすぎだよって思っています。親が関わればそりゃ小学生の成績は少しは上がるでしょうけれど、それは親が履かせた下駄であって、その子の生きる力にはならないよねって。
S:私自身が4月生まれの女子で、ちょっとやればできちゃうタイプだったから、見ててもどかしくなっちゃうんです。丁寧に教えるよりも「なんでわからないの?」って言いたくなっちゃう。
おおた:それを自覚して一歩引いているのはいいと思いますよ。でも自分がもっと勉強を見てあげられれば、もっと成績が良くなるのかなという申し訳なさもあるんですよね、きっと。似たようなことを感じている人は多いんじゃないかしら。実際、受験が終わってから、もっとやってあげられたんじゃないかってあとから自分を責める親御さんも多いはずです。
「親として、あれもできなかったし、これもできなかったけど、こいつ自分で乗り越えたな。ありがとう!」って思えるのは、子育ての最終的に目指すべき姿だから。
S:もし受験がダメだったら、そう思っちゃいそうで怖いんです。
おおた:それは子育てをしていたら何度も訪れることで、その時は自分を責めたりもするだろうけど、間違いなく子どもはそこを乗り越えて行ってくれますから。それで「あっ、私がいなくても大丈夫なんだ!」って思えるのが、子どもが巣立つ時。「親として、あれもできなかったし、これもできなかったけど、こいつ自分で乗り越えたな。ありがとう!」って思えるのは、子育ての最終的に目指すべき姿だから。そうすればやり残したことや後悔もぜんぶ宝物になるから。
S:仕事だと、ここまでやりきったからとか思えるけど、子育てにそれは無理なんでしょうね。
おおた:スポーツやビジネスってある一定のルールの中で、勝ち負けや成果、アウトプットがあるけど、子育てって一つの人生を支えていくことであって、人生にはルールなんてないし、結果みたいなものもないし、常にどうしようっていう不安の中で揺れ動いて、振り返ってみたらこうだったんだっていうプロセスの連続でしかないから。子どもが自分の人生を歩む時に、子どもだって不安だらけだし、それを見ている親も不安なのが健全な姿。私の子育ては完璧だって思うほうがおかしいと思う。不安を感じること自体が、まともに子育てできている証拠ですよ。
むしろ私が尊敬しちゃうような立派なお母さんでした。何も心配ないですね。あとで聞けば、お母さん自身が、表面的な価値観に振り回されず本質を摑みとる教育で知られている超名門校のご出身とのこと。なるほどなぁと感心してしまいました。
Profile
おおたとしまさ
教育ジャーナリスト。1973年東京都生まれ。東京外国語大学中退、上智大学英語学科卒。リクルートから独立後、育児・教育分野で活躍。執筆・講演活動を行う。
著書は『中学受験生に伝えたい 勉強よりも大切な100の言葉』(小学館)など60冊以上。
http://toshimasaota.jp/
イラスト/ Jody Asano コーディネート/宇野安紀子 編集/羽城麻子 デザイン/ attik
VERY NAVY 10月号『おおたとしまささんの悩めるママのための、受験進路相談』から
詳しくは2020年9/7発売VERY NAVY 10月号に掲載しています。
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