韓国で社会現象『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んで|PART③すんみさん
K-POP女性アイドルが「読んだ」と発言しただけで大反響。映画もクランク・イン。17カ国で翻訳決定し、日本でもたちまち9万部超え。VERY本誌2019年5月号でも取り上げ話題に。まさに社会現象になったこの小説を、 著者のチョ・ナムジュさんが書き始めたきっかけは、自身が第一線で活躍していた 放送作家の仕事を、出産をきっかけに続けられなくなったことだそう。 口では「活躍せよ」と言いながら、裏では抑圧を続ける社会構造は、他人事ではありません。
この本を読んで、翻訳家・すんみさんが感じたこととは?
■すんみさん(翻訳家)
小さな達成を
積み重ねることが
確実に社会を変えていく
私は、韓国でも保守的な土地柄といわれる釜山の出身です。文中でキム・ジヨンが経験することは、身に覚えのあることばかり。「これは私だけが特別に経験していることなのか、それともほかの人も経験していることなのか」知りたくなりました。誰かに読んでもらいたい、とすぐに友人にプレゼントしたほど。この本を読んだ者同士で「こんな経験した」と語り合う。そういうきっかけになる本だと思います。
ワンオペ育児は韓国でも問題です。親戚との付き合いは日本以上に大変。親族の家の集まりでは、お嫁さんがせっせと料理をするような慣習が今も根強く、不満があっても夫や家族と話し合って解決できる人は少ないです。結婚は当人同士のものというより家と家のつながりを重視します。最近は認識も少しずつ変わってきていますが、留守中、連絡もなしに義理の親が家に入って、冷蔵庫の中身を勝手にチェックされたなんて話も聞きます。かわって日本では、チョ・ナムジュさんとの対談で川上未映子さんも話されていましたが、「主人」というような言い方が今も主流としてある。それがマスターを意味する言葉という認識で使っているというよりも、昔からみんなそういうふうに言うから使っているだけだと思うけれど、言葉から受ける影響は思った以上に大きくて、潜在的に夫をたてなきゃという意識になるのではないでしょうか。
キム・ジヨンの通う小学校で、給食を食べる順番は先に男、後から女と決められているから女の子は男の子が食べ終わるまで待たされるという場面があります。ジヨンとクラスメートは先生にかけあってこの習慣を変えてしまう。些細なことですが、こうした小さな達成感を積み重ねることが確実に社会を変えていくのではないかと思っています。私がいま実践している小さな運動は、いろんなところに子どもを連れていくこと。この本のなかに「ママ虫」という韓国のネットスラングが出てきます。子連れの女性がカフェの席でおむつ替えをしていたとか、ママ友同士おしゃべりに夢中で騒ぐ子どもをほったらかしにしていた。あげくのはてに、子どもがけがをしたことにクレームをつけてきたとか、そういう母親がママ虫と呼ばれる。そのうち子連れ女性自体をママ虫と言うような風潮が生まれ、育児中の女性たちは、自分の行動ひとつひとつすごく気にするようになってしまいました。日本でも、ネット検索してみると、地下鉄にベビーカーを持ち込んでもいいのか悩んでいる母親が多い。読書会やトークイベントには若い世代もたくさん集まるのに子連れの女性はいません。みんな、周囲の空気を心配して連れてこないんだと思います。私はあらかじめお店やイベントの主催者に聞いてみて子連れでも参加可能と分かったら、Twitterで「この場所は子連れOK」とつぶやいてみたり。もうすこし育児中の人に寛容な世の中にしたい。私自身もちょっとずつ、小さいことから変えていこうと思っています。
◉すんみさん
翻訳家。1986年韓国生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修了。訳書にキム・グミ『あまりにも真昼の恋愛』(晶文社)、共訳書にリュ・ジョンフン他『北朝鮮 おどろきの大転換』(河出書房新社)、イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(タバブックス)など。
◉あらすじ
2015年秋、前年出産したばかりの主婦・キム・ジヨン。3年前に結婚し、妊娠のため、新卒入社した広告代理店を退職し、現在はIT企業勤務の夫と娘とソウル郊外のマンションで暮らしている彼女が突然、自分の母親や友人の人格が憑依したように振る舞い始める……。話は1982年にさかのぼり、キム・ジヨンの誕生から、幼少時代、受験、就職、結婚、育児までの半生を克明に回顧していく中で、女性の人生に当たり前のようにひそむ困難や差別が淡々と描かれる。(以下ややネタバレ)ラスト(2016年)ではこの小説のほんとうの書き手(設定上)が登場し、とどめのポンコツぶりを発揮する。
◉著者/チョ・ナムジュ
1978年ソウル生まれ、梨花女子大学卒。卒業後は放送作家として社会派番組「PD手帳」や「生放送・今日の朝」などで、時事・教養プログラムを10年間担当。2011年、長編小説『耳をすませば』で「文学トンネ小説賞」に入賞して文壇デビュー。2016年『コマネチのために』で「ファンサンボル青年文学賞」、『82年生まれ、キム・ジヨン』で2017年に「今日の作家賞」を受賞。今年、邦訳が刊行された『ヒョンナムオッパへ』(『ヒョンナムオッパへ──韓国フェミニズム小説集』に収録・白水社)は、学生時代からの恋人に精神的に支配されていく女性の心情とその後の決意を書き、こちらもVERY世代必読の書。
取材・文/髙田翔子(82年生まれ!) 取材・文・編集/フォレスト・ガンプJr.
*VERY2019年5月号「韓国で100万部突破!映画化も決定!『82年生まれ、キム・ジヨン』が 私たちに問いかけるもの。」より。
*掲載中の情報は、誌面掲載時のものです。